第22回 たい焼きと賽は投げられた! お題:たいやき

 学校の帰り道で、幼馴染の彼女はいつもよくわからない投げかけを僕にしていた。僕自身もよく飽きないなぁ、なんて思いつつ、話半分に彼女の投げかけにいつも真面目に答えていた。まぁ、その大体の要領を僕は掴めていないのだけれど。


「Alea iacta est。海に飛び込んだたい焼きは、そしてどうなる?」


 ほらまたこれだ。


 秋もすっかり冷え、マフラーの必要性を感じてきた今日この頃。まだ早い時間だと言うのに夕焼けに染まったような色をしている住宅街の道で、彼女は二歩、三歩と軽快なステップで僕の先を行き、そしてクルリとその身を翻した。彼女のポニーテールはふさりと揺れ、茶色がかった髪色はまるで燃えるようだ。どこか意地悪な笑みを僕に向けて、彼女はそんなことを言った。


「ごめん、もっかい言って?」

「Alea iacta est。海に飛び込んだたい焼きは、そしてどうなる、だよ」

「ありがとう。うーん……」


 相変わらず意味が分からない。いや、海に飛び込んだたい焼き、はまだわかる。有名な歌だし。でも、最初になんて言った? この質問の意図は? なぜ今? 僕は幼馴染に、苦笑気味に首を傾げた。


「普通は、海に沈むよね?」

「その通り。そして、その後は?」

「……海の藻屑になる、かな」

「うん、君らしい答えだね」


 どうやら彼女は僕の答えがお気に召したらしく、クククと風変わりな笑い方で笑った。


「でも元の歌詞では、たい焼きは海を泳ぎ、楽しみ、難破船に住み着いていたんだよ」

「へぇ、そうだったんだ。知らなかった」

「そしてある時、釣りにかかって、最終的に食べられる」

「海水に浸かったたい焼きとか、よく食べられるね」

「フフ、そう。そこだ」


 僕の言葉に反応してか、彼女は片目を閉じてニヒルな笑みを浮かべた。さらに両手のひらを合わせて、僕を見据える。なるほど、どうやらここからが話の本題らしい。


「Alea iacta est。海に飛び込んだたい焼きは、現実では海の藻屑になり、幻想では海を楽しみ最終的に食物としての責務を全うした」


「あーりや、やくた、えすと」と僕は繰り返した。


「それ、なんなの?」

「賽は投げられた。結果がどうあれど、行動してしまったからには最後までやるしかないんだ」

「なるほど?」

「さぁ、たい焼きを買いにいこう」


 彼女はそう言って、いきなり僕の手を握って駆け出した。僕は理解する間もなく引っ張られる。うーん、この無茶苦茶具合。僕は嫌いじゃないけど、いつもより一段と凄いな、とそんなことを思う。


 並んで駆けた彼女の横顔は、少し頬が赤く見えた。

 けれど多分、それは夕焼けのせいなのだろう。



 通学路を少し外れた駅前。たい焼きが売ってそうなデパートがある道を通りがかったというのに、彼女は目もくれないといった様子で歩いていた。僕は困惑しつつ彼女を引き留めた。


「たい焼きなら、そこのデパートでいいんじゃない?」


 手が繋がったままの反対方向の手で、僕はデパートを指差す。けれど彼女はそれが気に入らなかったのか、プクゥと頬を膨らませた。


「風情がないな、君は」

「風情? たい焼きに?」

「この冷凍食品め」

「え、なにその例え」

「冷凍よりも良いたい焼きがあるんだよ」


 彼女はそう言って、ずんずんと再び歩みを進めた。ちょっと怒っている様子だったから、僕は黙って彼女の隣を歩くしかなかった。しかし今日は、随分と積極的だな、と僕は思った。いつもは変な投げかけに受け答えしているだけだったのに。


 五分も歩かない内に目的の場所にたどり着いたらしい。彼女は歩みを止め、「あれ」と言って何かを指差した。


「へぇ、今でもあるんだ」

「あるんだよ。変わらず、そこに」


 夕日が落ちて夜の帳が空を包もうとしている中、公園の一角にあったのはキッチンカーのたい焼き屋だった。四、五人の親子や中学生達が、キラキラとその表情を輝かせながらたい焼きを買ってその場を去っていく。冷凍よりも良い……なるほど確かに、と僕は納得しながら、彼女に引かれてたい焼き屋へと向かった。


「いらっしゃい」

「たい焼き二つお願いします」

「中身はどうします? クリームとかアイスとかもありますけど」

「普通のあんこで」

「はい、じゃあ三百二十円ね」

「はい」


 あれよあれよという間に彼女が勝手に注文を決めてお金を払い始めて、僕は慌てて彼女を止めようとした。


「ちょっと、僕も払うよ」

「いいよ、奢り」


 けれども、いつも見ないような笑みを浮かべてそんなことを言うものだから、僕は狼狽えて結局お金を払えなかった。文句の一つでも言おうと思ったのだけど、「はい」と渡されたたい焼きの匂いに、僕は逆らえなかった。


「ね、ちょっと座ろうよ」

「うん」


 僕達は公園のベンチに並んで座る。座った時のお尻の冷たい感触にブルリと身が震えて、僕に秋の終わりを感じさせる。やはりそろそろ、手袋やマフラーをしようか。そんな事を思いながら、たい焼きを優しく握りしめる。その温かい感触が、まるで湯たんぽのようでありがたかった。


「寒い?」


 そんな声が聞こえて、横へ振り向く。彼女はマフラーで口を隠して、心配そうな目で僕を見ていた。もしかして、ずっと僕の様子を見ていたのだろうか。


「ちょっとだから、大丈夫だよ」

「駄目、もっと寄って」

「あのえっと」


 有無を言わさぬように、彼女は僕に寄ってマフラーを首から解く。そして僕が恐る恐る近づくと、彼女はマフラーを巻きなおした。


「あったかい?」

「う、うん」


 一つのマフラーで、僕達は繋がる。彼女の温もりを肌で感じるほどだ。寒さなんてもうとっくのとうにどっかに行ってしまった。僕は自分に置かれた状況がどういうことなのか理解できず、ただひたすらに混乱していた。


 彼女はマフラーをずらして小さな口を晒すと、たい焼きを頭からカプリ、と可愛らしく咥えた。しばらくモグモグと咀嚼してから飲み込んで、そして僕の目を見た。


「Alea iacta est。海に飛び込んだたい焼きは、そしてどうなる?」


 その言葉を彼女は再び口にして、食べかけのたい焼きを僕に差し出した。


「あーりや、やくた、えすと」と僕は繰り返した。


 賽は投げられた。結果がどうあれど、行動してしまったからには最後までやるしかない。彼女が言うには、そういう意味であるらしい。たい焼きは海の藻屑となるか、それとも……。


 と、そこまで考えて、僕はようやく理解に至った。彼女の言葉が、どういう意味だったのか。今までのほとんどを理解できずにいたけど、今日だけはハッキリと理解することができた。今日気が付くことができて、本当によかった。それとも彼女は、今日だけは特にわかりやすくしてくれていたのだろうか。


 そう、彼女の問いは強い決意表明であり、不安の現れでもあったのだ。なんとまぁ、回りくどくて、可愛らしい。


 彼女曰く僕は冷凍食品らしいが、その冷凍食品を温め過ぎるとどうなるのか。それを彼女に教えてあげようと、僕は意地悪なことを思った。


「さっきの答えは訂正するよ」

「え?」

「たい焼きは、海の藻屑にはならない。だけど海に沈んで、楽しむこともない」

「じゃあ、どうなるの?」


 賽は既に、投げられたのだ。そのまま空に飛んで行っても構いやしないだろう。


「だからたい焼きは───空を飛ぶんだ」


 僕はそう言って、彼女の甘い部分と重なった。時間を置いてそっと離れると、彼女は真っ赤な顔になりながら、唇を確かめるように触れていた。彼女は自分の身に起きたことに驚いて、言葉を失ったみたいだった。


 僕は恥ずかしさを誤魔化すために、彼女のたい焼きを頬張ることにした。

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