VRCでもらったお題で短編小説を書くだけ

レスタ(スタブレ)

第1回 始まりは何気なく、そして重く。 お題:VRならでは


 それはとても眩しく、輝いていた。


 電車の窓から差し込む斜陽に目を眩ませ、手に持っていたスマートフォンを誤操作して映し出されたその動画は、ただVRゲーム内で出会った人と、楽しく交流を深めるだけの簡素なものだった。


 俺と同じような年齢の人が、俺の日常とは反して楽しそうに、子供のように遊んでいるその姿は、とても眩しくて、ゾワリと全身を撫でるかのような鳥肌が立った。


 VRゲーム。存在だけは小耳に挟んでいたけれど、そのプレイに必要な機器の値段と、本当に楽しいのかどうか、という懐疑心から興味の枠組みから外れていた。


 だけど今こうして、俺は誤操作で再生した動画を食い入るように見ている。


 画面の向こう側の二人は、バーチャル空間で作られた海で二人楽しくビーチバレーで遊んでいる。スイカ割りをして、バーベキューを楽しんで、最後に花火を眺めて締めくくる。果たして俺は、今年の夏にそんな思い出を残せていたのだろうか? ただ虚しく職場と家をグルグルと行き来していただけではないだろうか? 夏っぽい思い出なんか、これっぽっちも残せてはいなかった。


 俺はどうしてか、画面から目が離せなかった。


 VRゲームはただ一人で遊ぶものだと思っていた。本当に面白いのかと疑ってかかっていた。だけどこんなにも楽しそうに、動画のほとんどをずっと笑っている姿を見たら、俺だって、と思ってしまうじゃないか。


 やがて動画は終わり、別の動画をオススメするように様々なサムネイルを陳列させた画面になったスマートフォンを俺は閉じた。駅を降り、バスに揺られてコンビニで弁当と酒を買って、帰路につく。自分の部屋に着いても電気すら付けずに、埃をかぶっていたパソコンの電源を灯した。


 聞きなれたはずのカシュッ、とした缶を開ける音が、今日はやけに響いて聞こえた。


 酒をちびちびと飲みながら、弁当をつまみながら、動画で見たゲームとVRゴーグルのことをインターネットで調べてみる。ゲーム名を検索エンジンに打ち込んでみると、すぐにトップに出てきた。なんとゲームの方は無料でできるらしい。大したもんだ。そして肝心のVRゴーグルを調べてみたが……これが中々高かった。


 最新モデルが、七万四千。


 貯金を切り崩せばなんとか、という金額だ。買えないことはない。だけどたかだがゲーム機器ごときにその額は……流石に躊躇するものだった。もう少し安い旧式のものも調べてみるがそちらの販売ページでは無慈悲にも売り切れの四文字が表示されていた。


 あぁ、やっぱりやめようか、と身体をグッと伸ばして椅子の背もたれに投げ出す。すこしの間考えることをやめて、ぼんやりと部屋を眺める。暮らし慣れ、見慣れた俺の部屋は、当然だけど暗く染まっていた。


 飯を食べ、風呂に入り、着替え、排泄し、スマホを眺めて夜を過ごす。明日はまた仕事がある。朝になれば職場に行って帰ってまた同じことの繰り返しだ。俺は何度同じことを繰り返せばいいのだろう?


 俺はもう一度、青白く輝くパソコンのディスプレイに目を向けた。動画サイトからは新しい通知のマークが表示されていた。帰りの電車で見た動画の投稿者が、新しい動画を投稿したらしい。


 俺は椅子に座りなおし、再び画面に向き合った。マウスの左ボタンは自然と二回、カチカチッと音を鳴らした。



 仕事から家に帰ると、玄関の前には大きい段ボール箱が置かれていた。ぼろっちいアパートの、扉の前にポン、とだ。幸運にも無事ではあったが、置き配はやめたほうがよかったかもしれない。そんなことを思いながら、俺はその段ボール箱を手に取って扉を開いた。


 昨日の夜からずっと、胸の高鳴りが止まらなかった。仕事中もずっとドキドキして心臓が痛むほどだった。買ってしまった。安くない買い物をしてしまった。でもそれ以上に、楽しみだった。


 段ボール箱を開けると出てきたのは、VRゴーグルの包装箱。マトリョシカみたいだな、と俺は思った。焦らしてくれる。今度こそご対面だ、とVRゴーグルを箱から取り出す。手にはずっしりとした重みを感じ、その白く滑らかな機器に目を奪われる。このゴーグルが、代わり映えのない生活の外に俺を導いてくれる方舟なのだ。


 VRゴーグルを起動し、初期設定を行う。アカウントを作成し、パソコンやスマホと同期をさせる。件のゲームをインストールしている間に夕飯と風呂を済まし、さぁ準備は整った。


 俺はVRゴーグルを頭に装着し、起動する。ゴーグルには見慣れた、しかしいつもとは少し違って見える俺の部屋が映し出され、SFアニメでみたようなユーザーインターフェース─操作画面─が空中に表示された。すごい、と呟きながら、VRゴーグルとパソコンを接続させて、ゲームを起動する。


「いよいよだ」


 呟きながら、ゲームのロードを待つ。新たな出会いを予感して胸が高鳴って感じる高揚と、上手くやれるだろうかという不安が入り混じって本当にどうにかなりそうだった。だけどそんな俺を無視するかのように、ゲームは無情にもロードを終わらせてしまった。準備を整える暇もなかった。


 暗転が開けると、目の前には近未来染みたSFチックな街並みが現れた。ビルやお店はプラスチックみたいにのっぺりしていて、ピカピカとしたネオン灯が派手に街を照らしていた。その街を行き交う、人、人、人。加えて魚に宇宙人に動物達。なんだあれ。もしかしてあれら全てが、プレイヤーなのだろうか? 戸惑うように辺りを見回してしていると、そんな俺を見かねたのか近くに居たマスコットキャラクターみたいな小さな女の子が話しかけてくれた。


「こんにちは。そのお体ってことは初めてですか?」


 聞こえた声は男性のものだった。動画でそういうことは当たり前、という情報は仕入れていたが、実際聞くと驚愕する。俺はなるべく平静を装って「そうです」とジェスチャーを交えて答えた。その時見えた自分の身体は人型ロボットみたいな形をしていた。どうやらデフォルトのアバターでいたからか、俺が初めてのプレイだとわかったらしい。


「チュートリアルもなんもないゲームですから、よかったら案内しますよ」


 そう言って、目の前の人は小さなお手手を俺に差し出す。はぐれないように、ということだろうか。確かに街の道は東京の歩道を想起させるほど混みあっている。俺は恐る恐ると手を出し、彼女(彼?)の手を握った。そこに感触はなく、現実でも俺の右手は空をつかんでいるだけだけど、不思議と心が温まっていくような気がした。


 あぁ、そうか、と一人納得する。きっと俺は、心のどこかではあの仕事と自宅の行き来を繰り返す日々から抜け出したかったのだ。ただ友達が欲しかったのだ。だからあの動画を見て、楽しそうにしている姿に俺の心は揺れ動いた。今こうして、普段とは違う別の世界へとやってきてようやく理解した。


 俺は新たに、一歩踏み出す。子供の頃に感じたワクワクと、今後の未来に胸を躍らせながら。重い腰はもう、取り払われた。ならば思いっきり、楽しんでやろうじゃないか。


 そうして案内された場所はアバターの試着場。ここではプレイヤーが作ったアバターの売買や試着ができるらしい。その仕組みに関心しながら辺りを見回していると、案内してくれた人がマスコットキャラクターみたいな女の子からとんでもない露出度の美少女に変身してこう言った。


「それじゃ、美少女アバター着て沼に落ちよっか!」

「えっ」


 その夜は長くなりそうな、満月の日だった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る