第9話 導かれた運命の交差点

来客者を見送ると同時に、カフェメンバーたちは、テーブルの後片づけに取り掛かった。


エマは、片づけをしながら、テーブルに残った食べ物を孤児院に持っていくため、箱に詰めていた。


このようなイベントのたびに、残った食べ物を孤児院の子供たちに提供するのが、エマたちの習慣だった。


こんな余り物でも、普段粗末な食事をしている孤児たちにとっては、うれしいプレゼントなのだ。


その様子を見ていたある貴婦人が、エマに声を掛けてきた。


「そんな余り物を持ち帰って食べたら、食中毒にならないかしら。」


その貴婦人は、決して批判するつもりはなく、純粋に心配して言ったのだ、ということはエマも十分理解していた。


「私たちもできる限りの注意を払っています。でも最終的に食べるかどうかを決めるのは子供たち自身です。自分で考え、決断し、行動する力を身につけなければ、彼らは社会で生きていけませんから。」


エマの強い口調に少し驚いたようで、貴婦人は無言で立ち去っていった。


そのやりとりを見ていたルカは、エマの懸命な姿に心を動かされたのか、「エマ、俺も姉さんと一緒に君たちの活動に協力させてもらうよ」と真面目な口調で約束した。


ルカの申し出を有難く思うとともに、自分たちの活動がどれだけ困難な道のりであるかを改めて実感した。貧富の差が突き付ける現実は、エマの想像をはるかに超えて切実だった。


帰り際、「ノア様、本日は本当にありがとうございました。とても充実したイベントになったと思います」とエマがお礼を述べると、


「今日はアッシュフォード伯爵家の大スターたちのご登場で、いい感じに盛り上がったね。今後は参加者がもっと増えるんじゃないかな」とノアは冗談交じりに答えた。


アルベールもルカに一礼し、「本日はご参加いただき、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします」とお礼のあいさつをすると、ルカは「こちらこそ」と笑顔で返した。


一見、和やかな雰囲気の二人だったが、その視線には微妙な緊張感が漂っていた。お互いに敬意を示しつつも、どこかそりが合わない様子が感じられた。


「ルカ様、本日は本当にありがとうございました」とエマも一礼して感謝の言葉を述べると、


「これからもよろしくな」とウインクをしながら、いつもの無邪気な笑顔で答えた。


エマたちが屋敷を去った後、ノアとルカはワインを飲みながら、お互いに積もり積もった話に花を咲かせた。


「今日は久しぶりに公の場に出たからすごく疲れたな」とルカがぼやくと、

「女性たちはお前を放っておかないからな」とノアは可笑しそうに言った。


アルコールが回り、少し気分が良くなってきたところで、ノアはルカに尋ねた。


「どうして今回のイベントに参加してくれたんだ?シャルロットまで誘ってくれて。」


ルカはワインを口に運びながら答えた。


「姉さんは、前からお前たちの活動に興味を持っていて、参加するきっかけを探しているように俺には見えたんだ。姉さんは社交的ではないので、公の場に出ることは少ないけど、根はとても慈悲深い人なんだ。」


「お前は社交的なくせに、公の場にはほとんど出ないじゃないか」と茶化すノアに、

「俺は吸血鬼だからな。明るい舞台が苦手なんだよ」とルカは笑いながら返した。


「で、お前はどうしてなんだ?なんで今回のイベントに参加したんだ?」とノアがさらに問い詰めると、


ルカは少し考え込んだ後、「うーん、なんでだったかな。やっぱりエマかな。」


「え?エマとは知り合いだったのか?」と少し驚いた様子のノア。


「ああ、以前、海辺で少し話をしたんだ。海辺近くでカフェの経営をしているって言ってたから、一度訪れたんだけど、その時は会えなかった。


その頃、お前から今日のイベントに誘われて、エマのカフェが主催者だと知って、もう一度会いたくて参加を決めたんだ。」


「それだけ?」とあっけにとられたノアに、「もちろんお前たちの慈善活動に賛同したい気持ちはあったさ。俺にも貴族の端くれとしての矜持はあるからな。」


ルカは取り繕うようにつけ加えた。


「で、なんでエマなんだ?エマよりもっと美人で、知的で、地位のある貴婦人なんていくらでもいるだろう?お前なら選り取りみどりじゃないか。それに、以前は特定の女性を選ぶつもりはないって言ってたじゃないか。一体どうしたんだ?」とノアがさらに詰め寄った。 


ルカは、少し困ったように眉をひそめて答えた。


「自分でもよく分からないんだけど、エマは他の女性となんとなく違うんだ。俺に全然興味を示さないし、逆にそれが気になって。初めて会った時に、あいつは俺を見て、哀しそうだって言った。そんなことを言われたのは初めてで、それが妙に心に刺さったんだ。」


真剣な表情で語るルカに、ノアは少し驚いた表情を浮かべて言った。


「お前がそんなふうに言うなんて。。。エマは、お前にとって、それほど特別な存在なのか?」


ルカはワインをゆっくり飲み干すと、神妙な表情で続けた。


「さあ、どうだろうな。ただあいつ、なんか危なっかしくてさ、ほっとけないんだよ。目が離せないんだ。」


その言葉は、ルカの内にエマへの深い感情が生まれつつあることを暗に示していた。


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