第6話 劇場の舞台裏の惨劇

シンデレラが魔女にかけられた魔法は、深夜0時になると解けてしまう。しかし、エマにかけられた魔女の呪いは、ブラッドムーンが街を赤く染める深夜0時に、血に飢えたモンスターを目覚めさせた。


その瞬間、エマの面影は完全に消え去り、彼女の意思とは関係なく、自動的にアブサンという名のモンスターに変貌するのであった。


髪は毒蛇のようにうごめき、手足の爪は長く鋭利な刃物となり、口元には猛獣の牙が覗く。その妖しいエメラルドグリーンの瞳は、すべてを射抜くような冷たい光を放っている。全身は漆黒のフード付きマントに包まれ、闇と一体になったかのように冷たい殺意を漂わせていた。


掃討活動を実行する際、アジールメンバーたちはそれぞれ独自の情報ネットワークを駆使して、ターゲットと現場を定めていた。


レオは、子供時代に知り合った孤児仲間、ソフィアは演劇学校時代に交流のあった学校関係者や女優仲間、ニコレッタは、かつて一緒に働いていた娼婦仲間が主な情報源だった。


貴族同士が強固な関係を築くように、アングラの世界でも同じように強い絆が結ばれていた。それは生き残るための手段だった。


今回のターゲットは、見習いバレリーナたちの弱みに付け込んで、不健全な関係を強制する特権階級の男たちだった。現場は、バレエ劇場の舞台裏に定められた。


劇場は、壮麗な外観を持つ建物で、夜になると、ガス灯が建物を幻想的に照らしていた。


舞台裏では、衣裳部屋から出てくる見習いのバレリーナたちを品定めするため、出待ちしている男たちでごった返していた。その空気は、どこか不穏で、薄汚い欲望が渦巻いていた。


その瞬間、扉が勢いよく開き、異様な気配が満ちた。アブサンが闇の中から姿を現したのだ。アブサンが侵入すると同時に、男たちの顔に恐怖が走り、一瞬の静寂の後、まるで地獄が開いたかのように、絶叫が舞台裏に響き渡った。


「ぎゃあああ!助けてくれ!」「モンスターだ!逃げろ!」


突然襲い掛かる恐怖に、男たちは狂ったように逃げまどい、少女たちの希望と夢が詰まった神聖な舞台は、血の海と化した。


アルベールが先頭に立ち、「今だ、いくぞ」と声をあげると、劇場の外で待機していたアジールメンバーが、バレリーナたちに危害が及ばないうちに場内に突入した。


容赦なく襲ってくるアブサンを傷つけないように注意しながら、高枝切りばさみで首をつかみ痺れさせた後、いつものように首輪をはめた。


アブサンは、一瞬抵抗するものの、すぐに意識を失い、地面に倒れ込んだ。


「アブサン、ますます狂暴になってない?」とソフィアが心配そうに言うと


「このままじゃ、僕たちもいつまでも無事でいられることか。何とかしなければ。。。」とレオが深刻な表情で続けた。


メンバーたちの顔には、同じ不安が漂っていた。


アブサンに変貌してもなお、エマは確かに存在していた。しかし、エマはアブサンの習性を利用しつつも、それが宿すあまりの残虐性を前に、エマの理性は徐々に限界に達しようとしていた。


エマは、自分が内側から勝手に書き換えられていくような感覚に、耐えかねていたのだった。


アジールメンバーたちは人目を避けながら、気を失ったアブサンとともに、馬車でプチ・ペシェへと急いだ。


到着後、アブサンをカフェの地下にある隠れ部屋の檻に入れると、ニコレッタはすぐにお香を焚いた。


そのお香は、火刑に処された魔女の遺灰が混ぜられた特別なもので、魔女の復讐の呪いを弱める効果があると考えられていた。


「これで、ひとまず安心ね」とニコレッタが安堵の息をついたが、お香のその妖しい香りは、メンバーの不安をより掻き立てたのだった。


無事にアブサンを確保すると、メンバーはそれぞれ自室へと戻った。


メンバーたちは皆、カフェの2階と3階に住んでおり、まさに家族以上の絆で結ばれた運命共同体だった。アルベールは、住居は別にあるものの、アジールの活動の際には、カフェの自室で寝ることも少なくなかった。


今回の事件も、刑事たちによって大々的な捜査が行われたが、アジールの犯行を示す証拠は見つからなかった。


この事件により、腐敗した劇場やバレエ界の闇がメディアによって明らかにされ、多くの見習いバレリーナたちは、辛い境遇から解放されたと報道された。


「私のような境遇の少女たちが一人でも減ればいいけど。。。」というやり切れない気持ちのソフィアに、「そうね。この社会には、少女や女性を狙った罠があちこちに張り巡らされているから」とニコレッタは、自分の過去を思いながら、娘の将来を心配して嘆いた。


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