第3話 ダークヒロインの覚悟

アジールには、カフェのメンバーの他に、事件を担当する刑事ヴィクターの姿もあった。彼は、ダークブラウンのくせ毛で、無精ひげを生やし、刑事の仕事を天職として全人生を賭ける志高い男性だった。


ヴィクターは、30代半ばでありながらも、その鋭い洞察力と冷静な判断力で、警察組織の中で一目置かれる存在だった。


しかし、ヴィクターにはもう一つの顔があった。アジールという闇の組織の一員として、掃討活動をサポートする裏の顔である。


ヴィクターがアジールに加わったきっかけは、その過去にあった。救貧院出身の彼は、ある富豪の下、ドラッグがらみの危険な仕事を強いられ、大切な人を失った経験があり、特権や権力を振りかざす強欲な人間たちに激しい恨みを抱いていた。その辛い経験が、ヴィクターをアジールへと導いたのだった。


カフェの地下室で秘密裏に行われるアジールの会議には、ヴィクターも参加した。


「ヴィクター、次のターゲットが決まりました。今度、解剖用の死体売買に関わっている貴族たちの密会が行われます。そこで一気に片づけるつもりです」とエマが説明した。


「分かった。警察の動きは俺が何とかする。現場に証拠を残すな。後始末は俺がつけるから」とヴィクターは強気だった。


掃討作戦が行われる夜、すぐに現場に向かうことができるよう、ヴィクターはいつも警察署に待機していた。アジールメンバーたちは掃討作戦を終えるとすぐに逃走した。現場に到着したヴィクターは、すぐに証拠となり得る物品や痕跡を処理した。


「これは富豪たちの内紛だな。権力争いが引き金だ。お前たち、目撃証言を集めろ。俺が現場を確認してくる」と部下に指示を出し、ヴィクターは現場を巧妙に操作した。


こうしたヴィクターの徹底した作業によって、現場には何一つアジールを結びつけるものが残されることはなかった。


ヴィクターはアジールへの情報提供も欠かさなかった。自らの立場を利用して、ターゲットの動向を把握し、警察が把握している秘密情報をエマたちに流していた。


こうして、アジールの掃討活動は法の網をくぐり抜け、完全犯罪として処理されていったのだった。


「ヴィクターのバックアップは心強いな。本当に有り難い」と言うアルベールに、「アジールの活動は、俺にとって個人的な復讐でもあるんだ」とヴィクターは真剣な表情で返した。


ヴィクターの存在は、アジールにとって欠かせないものであった。彼の警察内での影響力や長年かけて培ってきた信頼は、アジールの活動を支え、同時に彼自身の復讐心を満たす手段となっていた。


「俺にとっての正義は、弱者を守り悪を排除することなんだ。そのためには法律なんて関係ない。


刑事という立場だって、利用できるものはとことん利用してやる。」


これがヴィクターの本音だった。


しかし、ヴィクターはただの冷酷な悪徳者ではなかった。少しでも多くの人々を救うためなら、自分の手を汚してもいとわないと思っていた。


その信念が、ヴィクターを闇の世界へと引き込み、アジールの影に身を委ねさせた。


そしてエマもまた、そのヴィクターの信念に深く共鳴していた。


自分の手を汚してでも悪を排除し、一人でも多くの弱き者を救うためならば、その道を進む覚悟をエマ自身も持っていた。が、その過程で生まれる葛藤を完全に無視することはできなかった。


エマには、自分の行いは本当に正しいと言えるのか、という疑問が常に心の片隅でくすぶっていた。


「人の数だけ正義がある。 時代が変われば正義も変わる。 立場が変われば正義も変わる。正義とはそういうものだ」と語ったヴィクターの言葉が、エマの心の奥でいつもこだましていた。


その言葉は、エマにとって苦い現実を突きつけるものであり、と同時に彼女の選んだ道を肯定する支えでもあった。


「掃討作戦のターゲットたちも私も大して変わらないのよね」と吐き捨てるように言うエマに、


「それを自覚しているだけで十分だ」とヴィクターが静かに返した。


エマたちが行う掃討作戦は、悪徳者を倒す行為である一方で、自らも悪に染まっていく矛盾を抱えていたのだ。


エマは、時々自問した。「自分が本当に守りたいものは何なのか?やるべきことは何なのか?」と。


そのたびに、エマは胸を刺すような罪悪感にさいなまれた。しかし、それでも彼女は歩を進めることを選んだ。それが自分の運命であり、果たすべき使命だと信じたからだ。


エマはダークヒロインとしての道を自ら進む覚悟だった。

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