第26話カインディール国王妃side
「エリス様、シューンエイゼットの商人が後宮に来られました」
「マート、通してちょうだい」
執事のマートに指示をする。ここは後宮の商談室。使用人たちはシューンエイゼットで流行っている服や化粧品、香などを綺麗に並べていた。
今はこのような品物が流行っているのね。
その様子を私は目で楽しんだ後、席に座り、商人の長を待った。
「エリス様、お待たせしました。当商会一押しの品でございます」
黒髪の男は気さくな笑顔で飾り気のない木箱を見せた。
「相変わらずつまらない男ね。リヴィアは喜んで付いて来てくれるのかしら?」
「これは手痛いですね。リヴィア様が無事なのもエリス様のおかげです」
私は木の箱を開けて書簡を読む。
目の前にいる商人の格好をしたこの男はシューンエイゼット国の第五王子アレン・ドルフ・ケネットだ。
彼は王族の中でも一番の切れ者だと言われている。
普段はこうして商人だったり、騎士だったりと姿を変えて様々な国の情報を得ている。暗部のような仕事を率先して行っている彼は王族の中でも異端児だろう。
過去に情報収集に失敗し、怪我を負った王子を助けたのがリヴィアだったらしい。
神のいたずらなのかしらね。
書簡には現在貴国で保護しているケルノッティ国の王女リヴィア・ジョール・ケルノッティを貰い受ける。拒否すれば国ごと奪い取ると書いてある。
もちろん協力すれば見返りもあるようね。
ほんの数年前の私であれば鼻で笑っていただろう。
だが私一人が頑張っていても限界がある。
現在の国内情勢や王族の内情を知った上でこうして私に書簡を持ってきたのだ。
この国の王であるヴィリタスは必死に隠しているつもりでも王都に愛人がいるのは知っている。
知った上で放置していた。
だが、愛人が出来てからのヴィリタスは仕事を疎かにするようになり、愛人の我儘で散財し、一方的な物の決め方が目に余るようになってきた。
もちろん宰相や大臣、他の貴族達も苦言を呈していたけれど、愛に溺れた陛下には効果がなかった。
王太子夫婦はというと、凡庸であり、国を治める器ではない。
第二王子のドルクに至っては論外。いくら苦言を呈しても聞く耳を持たないし、愛妾たちは王宮内を我が物顔で闊歩し、ところ構わずおしゃべりをしている。
どこから情報が漏れるか危険性を考えていないなんて我が息子ながら本当に失望しかない。
私はある日、疲労が限界に達し、執務室で倒れた。
その日を境に最低限の政務をこなすだけにしてあとはこうして後宮に引きこもっている。
それでも貴族や宰相は相談事を持ち込んできてゆっくりしている間はないのが現状だ。
誰かが後宮に引っ越したのは愛人と過ごすためだなんて言っているが馬鹿馬鹿しい。
この国を任せるのなら第三王子のフェルツしかいない。だが、フェルツは辺境伯へあっさりと婿入りしてしまった。この状況を打破する案は見当たらない。
貴族達の不満が募っている今、遅かれ早かれ貴族の誰かが謀反を起こし、王族は皆処刑となるだろう。
「どちらにせよ、シューンエイゼットの王はこの国を攻め落とす気なのでしょう? 民に犠牲が出ないのであれば協力をしてもいいわ。私を含め王族は全て処刑しても構わない。ああ、ドルクの妃シャーロットだけは離縁させるので生かしてほしいわ。それが出来るのなら、ね」
「エリス様ならそう仰ると思いました。こちらとしても被害が最低限になるよう動きますよ」
私はサラサラと手紙を書くと、アレンは笑顔で木箱に仕舞った。
「あなたの恋が成就するといいわね?」
「神々はきっと私に味方してくれると信じています」
アレン王子はそうして書簡を持って国に帰った。
「マート、疲れたわ。お茶を淹れてちょうだい」
「エリス様、私はエリス様に拾っていただいたことを心から感謝しております。最後までどこへなりとも付いていきますよ」
執事のマートは私の実家から連れてきた従兄弟だ。
伯爵家の長男で家を継ぐ予定だったが、幼い頃に流行り病で熱を出し、子を望むことは難しいと言われ、家族から厄介者として扱われていたのを私が呼び寄せた。
マートにとってもここは安心して過ごせる場だと喜んで仕えてくれている。
「……マート、いつもありがとう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます