第13話

「リヴィア様、貴女は王女様で高い地位にいるのです。一商人でしかない彼の下の世話や傷の確認など私やモニカに命令すればいいのです。

 それに男は上半身を出しても駄目では無いですよ。騎士達は訓練終わりに服を脱ぎ、よく汗を拭いていたでしょう? 恥ずかしくなんてありませんよ」

「ああ、確かに言われればそうね。あれは令嬢達へのアピールだと思っていたわ」


 ティポーが額に手を当ててどう言えば良いのかと呟いている。


 自分が王女の地位にいると理解はしているけれど、実感はまるでない。そのことでたまにやらかしてしまう。


 ダリア家族が心配してくれるのはきっとそういう事もあるのだろう。


 ティポーとのやり取りをしているとアレンの肩が震えている。


「クククッ。リヴィア様は、なんというか、普段からこんな感じなのでしょうか?」

「私? さぁ、私はいつも通りだけれど、ダリア達は心配して教えてくれるわ」


 私はタオルを濡らし、拭こうとするけれど、アレンは自分で出来ますと笑いながらタオルを受け取り身体を拭き、そのままの状態で身体を私の方へ向けた。


 私は傷を確認する。傷は化膿することなく治りかけているようで安堵の息を吐いた。


「リヴィア様は医学の知識がおありなのですか?」

「知識だけならね。幼少期より様々な学問を教えられていたの。王妃様の意向でね。この国一番の才女となるようにって小さいころから色々勉強してきただけよ?」

「そうなんですね。医師と言われても誰も疑わないでしょうね」

「ふふっ。ティポー、アレンに褒められたわ。これから市井に下って医師になろうかしら?」

「止めてください。俺の心臓がもちません」

「あら、結構本気だったのに。残念だわ」


 私とティポーのやりとりを見てまたクククッとアレンは笑っている。思ったより元気そうでなによりだわ。


 アレンは約束通り、様々な街の話をしてくれる。今街で流行っている劇だったり、令嬢達の流行だったり、どんな物が平民の間で食べられているのかなど。


 私の知らないことばかりで私はすぐに夢中になった。


 彼の話を聞いていると自分も一緒にその場にいるような気にさせてくれる。そして彼はかなりの博識だった。


 商売だけでなく様々な知識を持っている。各地の特産品だったり、作物の話だったり。街の人達はどうしているのか、行政はどうなっているのかなど。


 最初は彼がベッドから動けないため部屋に聞きにいっていたが、動けるようになってからはサロンや中庭で話を聞く事が多くなった。


「リヴィア様は博識ですね。リヴィア様ならシューンエイゼット国でも充分暮らしていけると思いますよ」

「アレン、嬉しいわ。私も行ってみたいけれど、……難しいわ」

「私がお連れしますよ。一緒に行きませんか?」


 アレンの言葉に気持ちが傾きかける私。私一人が居なくなったところで何も問題は起こらないだろう。悲しむ者もいない。


 ……けれど、その一歩が私には踏み出せない。


「お誘いは嬉しいけれど、行けないわ。きっと私は貴方の足を引っ張ってしまうもの。それに王女が居なくなってしまったら国の一大事でしょう? 貴方を犯罪者にしたくないわ」

「そう、ですか。気が変わったらいつでも言ってください」

「そうするわ」


 こうしてアレンはたまに私を外へ連れ出そうと話をしてくれる。話をしていくうちに彼の人となりは見ていたつもりなの。彼は本心からそう思って言ってくれている。


 でも、失敗したら。

 彼は犯罪者として殺されてしまうわ。

 そんな事は出来ない。




 そう思いながらひと月が経った頃。


 とうとう彼の傷が完治してしまった。

 彼は国に帰る手段があるのかしら?


 商人ならカインディールの街まで戻れたら仲間に会えるのかもしれない。


 彼は私が今まで会ってきた人達とは全く違っていた。

 沢山話をして世界は広いことを教えてくれたわ。


 願う事なら私も一緒に行きたい。

 アレンと共に過ごしてみたい。

 ここから連れ出して欲しい。


 ……でもそれは叶わぬ夢。


 私の我儘で彼を振り回してはいけないことくらい分かっている。


 彼は最後まで私を誘ってくれたわ。

 その言葉だけで私は生きていけそうな気がする。


「アレン、一人でカインディールに向かうのでしょう? 大丈夫なの?」

「ここから一番近い村からカインディール行きの馬車が出ていますからそれに乗れば大丈夫です」

「でも、通行証がないままこの国にきたんでしょう? 国から出られないわ」

「カインディールの仲間に連絡して無くした通行証を再発行してもらったから大丈夫です」


「……ちゃんと国に戻ることができるのね?」

「ええ、心配ありません。リヴィア様、俺と一緒に行きませんか?」


「……行きたいわ。でも、行けない。私がここを勝手に出てしまえば追手が掛かる。アレンを犯罪者にしたくないもの。その代わり、これを持っていて。

 何かあった時にこの指輪を見せるといいわ。ケルノッティは小国だけれど、それでも王家の指輪は役立つわ」


「……いいのですか?」

「構わないわ。私がアレンにしてあげられるのはそれくらいだもの。……元気でね。貴方と一緒に過ごした日を忘れないわ」

「……リヴィア様。貴女を迎えに来ます」

「ふふっ。ありがとう」


 アレンはこうして森の離宮から村へ移動し、馬車でカインディール国に戻っていった。

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