第5話

 十四歳になり、学院に入ってからも私とフェルディナンド様は仲睦まじく過ごしていた。


 お似合いの二人だと言われるようになっていたのだけれど、二年生になった時、一人の令嬢がフェルディナンド様と私に声を掛けてきた。


 彼女の名はロジーナ・フリッジ子爵令嬢。一つ年下の赤毛でふわふわの長い髪が特徴で物怖じしない令嬢のようだ。


 王女とその婚約者である公爵子息に話し掛けてくる貴族は少ない。


 だが、彼女は高位貴族を中心に声を掛けているらしく、他の貴族からは白い目で見られているらしかった。


 普段から優しいフェルディナンド様は最初こそ戸惑っていたけれど、ロジーナ嬢は私達の所によく現れるようになり、昼食を共にしたいと無理やりついてくるようになった。


 フェルディナンドは最初こそ戸惑っていたけれど、次第にロジーナ嬢に心を傾け始めているように見えた。


「リヴィア様、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫とはなにかしら?」

「フリッジ子爵令嬢の事ですわ! 彼女、高位の貴族、それも子息に誰彼かまわずに声を掛けまわっているのですよ? あの貧乏子爵の娘、放っておけばいくつ婚約破棄される家が出てくるかわかりません。リヴィア様もお気をつけ下さい」


 声を掛けてきた令嬢は過去にロジーナ嬢と婚約者が仲良くなり、婚約者の彼に注意をしたがロジーナ嬢を庇った末、婚約破棄となったと言っていた。


 側に居た令嬢達も頷いている。


 どうやらロジーナ嬢を排除したいと思っているようで私に言えと暗に言っているのだろう。


 被害者はこの令嬢だけではないようだ。


 フェルディナンドに限ってそんな事はないと思うけれど、最近のロジーナ嬢の動きを見ていると令嬢達の言葉も理解できる部分はある。


「……そうでしたか。教えて下さり有難う御座います。私の方でも気になれば注意をしておきますね」


 その場はそう言って治めたが、一抹の不安を抱えることとなった。


 ただ令嬢の行いを注意するのは簡単な事だ。

 けれど、物事は簡単ではない。


 現在ロジーナ嬢は王妃派でも側妃派の派閥にも属していない中立派なのだ。苦言を呈した令嬢達は王太子を支持している貴族達。彼らの考えは利己的だ。


 アンバー妃やラジーノ王太子の出来が悪いのを知った上で利用しようとしている人達。


 私の声かけ一つで影響が出てくるのだ。


 納得できなければお飾り妃の娘だと軽視されてしまうし、強く出れば中立の貴族からの不満が出る。


 悩みを抱えつつ、その日の午後フェルディナンド様と王宮でお茶をするのを誘った私。

 彼は笑顔で学院後、王宮に向かうと了承した。



 学院が終わり、ダリアが先に手配してくれていたおかげで中庭にはお茶が用意されていた。


 なんて言おう。

 どう言ったら理解してくれるかしら?

 注意した事で私を嫌な女だって思われるのかしら?


 不安になりながら彼を待つ私。フェルディナンド様は中庭に来た。


 屈託のない笑顔で手を振りながらやってきて席に座った。


「どうしたんだい? リヴィからお茶を誘ってくるなんて」

「久々に二人で時間を過ごしたかったの。我儘だった?」

「そんな事はないよ。僕は嬉しい。最近はいつもロジーナ嬢が一緒にいたからね。この間なんてさ……」


 彼女の名前を聞いた瞬間、私の心はグッと重くなった。


 何故私といるのにロジーナの話をするの?


 私の表情を気にした様子もなく楽しそうに話をする彼。


「……そうですか」

「ね、面白いだろう。……リヴィ、どうしたの?」


 私の気持ちを知りもせず、不思議そうに聞いてきたフェルディナンド様。


「……貴方の婚約者は誰なのでしょうか?」


 声が少し震えてしまったかもしれない。


「もちろんリヴィだよ」

「私よりロジーナ嬢の方が面白かった?」

「……ごめん。嫌な思いをさせたみたいだね」

「フェルディナンド様、これ以上ロジーナ様に関わらないでほしいの」

「何故だい? 彼女は何も悪い事はしていないよ?」


 ごめんと言いながら彼女を庇うフェルディナンド様に泣きたくなった。


 ごめんなんて言葉だけで何にも思っていないのね。


「王子派の貴族達から彼女の振舞いについて注意するように言われたわ。これ以上ロジーナ嬢に近づけば噂が広がり公爵家が動くことになる」

「……そっか。何も考えていなかった。ごめん」


 彼は素直に謝った。


 私は彼を責めたいわけじゃない。

 けれど、彼女と居て欲しくないという思いも、私達が立たされている状況が危ういことも理解してほしい。


 どこまで伝わっているのだろう?


 悲しくて涙が出そうになる。


 彼は気まずそうにお茶を少し飲んだ後、早々に王宮を後にした。


 初めてのことでどうすればいいのか私にも分からなかった。


「ダリア、私はどうすれば良かったの?」

「リヴィア王女様、充分頑張ったと思います。はっきり伝えないと理解出来ないのは公爵子息としては不合格です。私はリヴィア様が心配です」

「ありがとう。私は大丈夫よ」


 フェルディナンドの行動は王妃派の貴族達の考えからすれば王配には相応しくないと言われかねない。


 将来の公爵としても、だ。

 たかが一人の令嬢に篭絡されることはあってはならないし、そういう教育を受けてきたはずなのだが。


 ロジーナ嬢の行動が母達の耳に入るまでに何とかしなければいけない。でも、私が今取れる手段はフェルディナンドやロジーナに注意することのみ。


 母に報告したところで繋ぎ留めないお前が悪いと言われるだけだわ。


 何も出来ない、何の権限もない私にはどうすることも出来ない。

 婚約が決まって以降陛下と話をすることはない。

 どうなろうと私の事に関心などないのだろう。


 ……所詮両親にとって私は道具の一つとしか思われていない。


 重い息を一つ吐いてダリアの淹れてくれたお茶を飲む。

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