「先日助けられた聖騎士ですが」と言われても。

餡子

「先日助けられた聖騎士ですが」と言われても。


 こんなはずじゃなかったのに。


 今にも闇に溶けそうな夕暮れの中、職場のパン屋から自分の城である手狭な一室に帰宅した途端のことだった。

 部屋に入るなり、鳴った呼び鈴に首を傾げる。

 人が訪ねてくる予定はなかった。そもそも、孤児院育ちで友達が少ない。ただでさえ15歳で独り立ちしていて、働き始めて二年近く経ったけど、まだ日々の生活に忙しい。仕事の後で会うほどの相手はいないのだ。さみしいことに。


(大家さんがお裾分けしてくれるのかな?)


 たまにそんな私を優しい大家が気遣ってくれる。今日も何か頂けるのかもしれない。

 そんな期待をして、相手を確認しないで扉を開けたのが悪かった。

 扉の向こうには、花束を抱えた背の高い聖騎士が立っていた。


「へ……?」


 思わず、間抜けな声が漏れた。

 こんな裏路地にひしめき合う集合住宅地には不似合いな、聖騎士様のご登場。信じられなくて愕然とした。

 キラキラと輝く柔らかそうな金髪。青空を映し取ったような色の、意志の強そうな瞳と凛々しい眉。年は二十代前半くらいだろうか。

 普段は清廉で厳しい顔を崩さない高潔な聖騎士。その唇が、今はなぜか嬉しそうに笑んでいる。


「先日助けられた聖騎士ですが」


 にこやかに、そう言われても。

 まぁそうでしたか、お上がりください。とは言えない事情が! 私にはある!


「人違いデス。お引き取りクダサイ」


 動揺しすぎて異国人みたいなカタコトになった。即座に扉を閉める。ガチャンと鍵も掛けた。


「えっ。シャルロッテ嬢!? 俺は怪しい者ではありません! 顔を覚えておられないかもしれませんが、先日あなたに助けていただいた者です!」


 扉の向こうから焦って呼びかけてくる声が聞こえる。そんな鶴の恩返しみたいに言われても。

 もちろん、あなたみたいなイケメンの聖騎士様を忘れるわけがありません。

 そんなあなたに罪はありませんが、どうか私に関わらないでくださいっ。


(だってどう見ても、攻略対象とかのメインキャラっぽいんだもの!)


 やっぱり助けるんじゃなかった!

 先日の己の行いが悔やまれてならない。こんなことなら、助けなければよかった。

 いやでも、あの惨状で助けないのは人としてどうかと思うし……。

 先日行き合った馬車の事故を思い出して頭を抱える。

 というか、なぜ私だとバレているの? 変装は完璧だったはずなのに!

 あれからもう五日も経っているから、バレずに済んだとホッとしていたところに、この事態。

 緊張と焦りで、ばっくん、ばっくん、と心臓が飛び跳ねている。今にも喉から迫り上がってきて飛び出してきそう。

 閉じた扉を背に、先日のことを思い出す。頭を抱えたままズルズルと屈み込んだ。




   *


 まず私、シャルロッテは孤児である。

 生まれて間もない頃に、王都の孤児院の前に捨てられていたらしい。身元を示す物はなく、ただ『シャルロッテ』と書かれた紙だけが赤子の入った籠に挟まれていたそうだ。

 孤児院で修道女達に育てられ、物心ついてしばらく経った頃に癒しの力を持つことが発覚した。

 とはいえ、この世界は魔法が発達していて魔力持ちの人間は少なくはない。だがやはり、血筋で継ぐことが多いので貴族が主立っており、平民の魔力持ちは珍しい。

 しかも癒しの力は、貴重な方だと言える。

 私の力は応急処置で血を止めるか、擦り傷の回復くらいしか出来ない。けど、この世界では無いよりはずっといい。

 だから育ててくれた修道女達は、私にそれを人前で使うことを禁じた。もし私が貴族ならば大事にされるが、平民の孤児では貴族達にいいように使い潰されてしまうことを危惧したから。

 私は、すぐに理解して秘密にすると誓った。修道女達は私を聡い子だと思ってくれていたようだ。


 けど実は、私には前世の記憶があるから。


 といっても、ニホンという平和な国で暮らしていた女子学生の記憶しかない。

 前世の私は、乙女ゲームと少女漫画と恋愛小説をこよなく愛していた。自分の人生はあまり覚えていないけど、たくさんの夢物語が大好きだったことは覚えている。

 この中世に近いながらも貴族や騎士や神官、それと魔法のある世界に生まれ落ちたことに、最初は異世界転生だとはしゃいだ。

 しかも癒しの力を持つ孤児の少女だなんて。物語のヒロインのよう!

 自分の立場を色々と想像して心が踊った。

 もしかしたら、何かの物語の世界に転生しちゃってるのかも!

 と思った時点で、ふと気づいた。

 ここが物語の世界だとしたら。


 何の物語か、たくさん覚えがありすぎてさっぱりわからない!


 例えば乙女ゲームのヒロインならば良い。イケメンに優しくされて成長していける。

 でも、ここが流行りだった乙女ゲームの悪役令嬢がヒロインで、私がヒロインという名の悪役側の物語だったりしたら……?


(私の見た目、どちらかと言えば悪役っぽくない?)


 癖のない肩を覆うほどの長さの髪は、見事な赤毛。丸い瞳は大きめで、よく言えば紅茶色。無難に言えばよくある赤茶。

 顔立ちは「パン屋の看板娘って可愛いよな」と言われる程度。だが愛嬌がある感じであって、飛び抜けた美人ではない。

 やられ役の悪役ヒロインには最適じゃない!?

 そうでなかったとしても、孤児院の前に捨てられていた魔力持ちの娘とくれば、貴族とメイドか娼婦との間に生まれた子の可能性もある。万一この先引き取られる展開があったとしても、貴族の世界では苦労しそう。前世も一般庶民だったし。

 貴族のマナーを知らない庶子なんて、年老いた貴族の後妻として政略結婚させられそう。

 だいたい物語の中だとしても、主人公になるとは限らないのだ。不幸な脇役の可能性もある。

 そう気づいた時に、心に決めた。


(物語になりそうな事態は、全力で回避!)


 どんな展開を迎えるのかわからないのなら、下手に動かない方がいい。

 最悪、断罪。よくても、きっと庶子なんて政略結婚の道具だもの。

 それに物語に足を突っ込まなくても、孤児で癒しの力持ちだと知られたら、貴族に使い潰されて出涸らしにされかねない。


(このまま目立つことは何もしないのが一番!)


 そう悟った。

 幸い、育った孤児院は福祉に厚かった。

 15歳の成人で自立することになったけど、育て親の修道女が部屋を借りるまでは手伝ってくれた。今のパン屋の仕事も朝は早いけど、とても気に入っている。

 店主は厳つい顔をしていて無口だけど、焼き立てパンを私の分も取っておいてくれる。奥さんは明るく、いつも笑顔でよく気にかけてくれる。足元にまとわりついてはしゃぐ、その二人の子供たちも可愛い。

 買いに来てくれるお客さん達とも顔馴染みになった。今では市場で会うと、オマケをしてもらえたりする。

 前世で夢見た生活ではない。異世界転生のおいしい部分も、残念ながら感じない。

 けど毎日働いて、たまに美味しいものを食べて、時々孤児院に帰ってお手伝い。

 そんな穏やかな生活の中でいつか気のいい人の出会って、新しい家族を作れたら。

 それはそれで、とても幸せなんじゃないかって。


(人生、堅実なのが一番よ)


 下手な夢は見ない。

 ……そう、決めていたのに。

 決めていたのに、出くわしてしまったのだ。馬車の事故に。




 それは、一瞬の出来事だった。

 仕事からの帰り道。夕暮れの闇が迫る中、馬のいななく声と馬車の車輪が激しく地面に擦れる音が耳に痛いほど大きく響いた。


「おい! 誰か轢かれたぞッ」

「大変だわ! 聖騎士様が子どもを庇ったみたいよっ」

「誰か神官を呼んでこい! 出血がひどい! このままじゃ……っ」


 周囲に怒号が溢れ、咄嗟に自分も事故現場に目を向けてしまった。

 人波の間から覗いた先には、興奮した馬を抑える御者と、馬車に乗車していたらしいオロオロとした貴人。

 地面にぐったりと倒れている聖騎士の姿と、じわりと滲んでいく赤。そのそばで泣きじゃくる、土で汚れてはいるが幸い怪我はなさそうな子ども。

 よく見れば、それは自分が育った孤児院の少年の一人だった。

 その光景を見た途端。


 「余計なことに関わらない」という決め事が、一瞬で白紙になった。


 だって普通、聖騎士は平民には手の届かない貴族が多い。魔獣の討伐以外では、貴族や神官等の貴人を守るのが主な役目。

 なのに、彼はたった一人の孤児のために命を賭けてくれたのだ。

 その身を挺して、守ってくれた。

 私は孤児として育ったけど、恵まれている方だと思う。それでも家族がいる人たちに比べたら、寂しい思いや理不尽な出来事が多々あった。軽んじられることも未だにある。

 だけどそんな孤児ですら、あの聖騎士は他の人達と等しく守ってくれたのだ。

 なんだかそれが、胸が熱くなるほど嬉しい。

 もしここで事故に巻き込まれたのが私だったとしても、きっと彼は同じように助けてくれたに違いない。

 そう考えたら、まるで自分までもが掬い上げてもらえたように感じられたから。

 そんな素晴らしい人が、倒れたまま苦しげに呻きを上げているなんて。


(今ここで、こんな私にも出来ることがあるのに)


 この人を、見捨てたくない!


 気づけば、倒れる聖騎士の元に足が向かっていた。

 だけどやっぱり、力を使うことに恐怖はあった。応急処置程度に血を止めて、神官が来る時間を稼ぐくらいしか出来ないとはいえ、顔バレした後はきっと困る。


(そうだ! 変装しよう!)


 ふと思いついて、持ち帰っている途中だったパンの紙袋を開けた。中のパンは迷って、エプロンの両ポケットにねじ込む。


(あとはコレを、こう!)


 空になった紙袋を、迷わず頭から被った。

 ちょっとパンの良い匂いがするけど、かまってはいられない。これで目の位置に指で穴を開ければ完成。目立つ色の髪は纏めたままなので、紙袋で隠れるはず。

 日も暮れかけているし、これで誰も私とはわからない。

 よし! 私はただの通りすがりの紙袋を被った町娘!


「私が応急処置をします!」


 紙袋のせいで、張り上げた声もちょっと変わって聞こえる。私の掛け声のせい、というより不審な姿のせいか、人が波のように引いて道を開けていく。

 その中を駆け抜けると、倒れ込んでいる聖騎士の前に両膝を突いた。

 よく自分や奥さんの手のあかぎれをこっそり治しているので、力の使い方はわかる。大きな力を使ってこなかったから魔力も余っている。これほど大きな傷でも、なんとか血くらいは止められそう。

 私では傷を完治させることはできないけど。出血多量で死なせることだけはしない!


「神官様がお見えになるまで、頑張ってください!」


 励ましながら傷口に手を当てた。手が赤く濡れていくのも構わずに力を流し込んでいく。幸いにも治癒力は効いてくれているよう。少しずつ血が固まるのが感じられる。

 私に出来るのは、この程度だけど。

 力を注ぎ込むほど、自分の体から力が抜けて体温が下がる心地がする。紙袋の下で額に冷や汗が滲んだ。

 これほどの怪我の対応は初めてだけど、修道女達が私に口止めした気持ちが今はよくわかる。大事なものがこそぐ落とされていくような感覚。安易に何度も使える力では無さそう。

 それでも、今だけ保って……!

 ギリギリと奥歯を噛み締めて意識を保つ私の耳に、遠くから「神官様がいらしたぞ!」と聞こえてくる。


(やった! 間に合った!)


 ふ、と安堵した途端、急激に力が抜けた。これ以上は無理そう。

 一応、神官の到着を知らせようと聖騎士の顔を見る。

 だけどその顔を見た途端、うっすらと開かれていた空色の瞳と目が合った。呼吸が喉の奥で止まる。


 なんと彼は、息を呑むほどの美形だったのだ。


 頬は地面の土で汚れ、顔は青ざめて擦り傷のせいで血も滲んでいた。それでも尚、輝かんばかりのイケメン。

 てっきり厳つい顔をしたおじさん聖騎士だと思い込んでいたのに。こんなにも若くてどことなく気品もあり、将来有望そうな美形の男性だったなんて。

 一気に心拍数が上がる。いろんな意味で。

 きゃっ! こんなイケメン助けちゃった! という単純な喜び。

 ギャッ! 物語なら主要キャラっぽい人を助けちゃった!? という猛烈な焦り。


(はやく立ち去らないとっ)


 幸い、神官は間近まで来ている。今の内に逃げよう!

 立ち上がろうとした時、伸びてきた手が私の手を掴んだ。冷たく固い指のあまりの力強さにギョッとして、心音は更に加速する。


「君の、なまえを……」

「ただの通りすがりの怪しい女です! どうぞ気にしないでください!」


 ほら私、いま紙袋被ってるからね! ポケットにパンもねじ込まれていて、怪しいことこの上ないでしょ!? できれば今後一切、関わらない方がいい人間ナンバーワンよ!

 怪我人に悪いと思う余裕も無い。手を勢いよく引き抜くと、今度こそ立ち上がった。

 神官の姿が見える前に身を翻す。何か聞かれても困る。最後の力を振り絞ると、脱兎の如くその場から逃げ出した。

 幸い、紙袋を被って全力疾走する怪しい女など、誰もがドン引いて避けてくれる。



 人気が無くなった辺りで紙袋は脱いだ。そこからなんとか帰り着いた自宅に入ると、すぐに床にへたり込んだ。

 やはり慣れないことはするものじゃない。今更ながらに緊張で指先が震える。疲労もあるけど、出会ってしまった人物のせいで頭が特に痛い。

 あの人、きっと物語なら間違いなく主要キャラ。怪我しててもキラキラしてたもの。近づいてはいけない人物ナンバーワンよ。


(顔を隠していたから、大丈夫だよね……?)


 そうでなくとも、人前で力を使ってしまったことに不安が湧いてきた。

 その日は興奮と緊張で動悸がおさまらない中、ベッドで丸くなって寝れない夜を過ごした。

 しかし、ビクビクして迎えた翌日は何も起こらなかった。その次の日も、いつも通り。三日経っても、紙袋を被った怪しい女の噂も聞かない。

 四日目には警戒を解き始め、五日目の今日は綺麗さっぱり忘れることにした。


 それなのに、なんでこんなことに!?


 ベッドに潜り込んで布団を被って息を殺す。その間に、扉の向こうは静かになっていた。


(あきらめてくれたのかな……)


 わざわざ私を突き止めて(どうしてわかったか、まったくわからないけど)、たぶんお礼の花束まで持ってきてくれたのに悪いことをした。

 今から考えると、好意的に見えたから私に悪いようにはしなさそうではあった。冷静になってくれば、ちょっと話を聞いてもよかったかも、なんて気持ちが湧いてくる。

 いけない、いけない。夢は見ないと決めていたじゃない。


(それに私、すごく怪しかったはずだしね)


 しかも追い返すなんて非常識な真似をした孤児の娘のことなんて、相手もすぐ忘れてくれるでしょ。

 ……ちょっとだけ、チクリ、と胸が痛んだことには気づかないフリをした。




   *


 いつもよりかなり早起きして、身支度を整える。居ても立っても居られなくて、そっと扉を開いた。扉からは清々しい朝日が差し込んでくる。

 眩しさに目を細めながら、あの花束くらいは玄関に置いていってくれてるかも、なんて期待していたわけだけど。


「おはようございます。シャルロッテ嬢」

「はい!?」


 まだ人気がないはずの路地には、花束だけじゃなくて昨夜の聖騎士様本体が!

 驚きすぎて素っ頓狂な声が出てしまった。目玉も飛び出るかと思った。


「一晩中そちらにいらしたんですか!?」


 凍える時期ではないとはいえ、夜はそれなりに冷える。

 まさか私は、聖騎士ともあろう方を一晩中立たせっぱなしにしちゃったの!?


「さすがにそんな不審な真似は出来ないので、出直してきました」


 そう言われて安堵した。

 言われてみれば確か昨夜は白ベースの花束だったけど、今日は赤い花束に変わっている。もしかして、わざわざ私の髪色に合わせた花に変えてきた……とか? いやまさか、そんな。

 それはともかく、それでも朝早いことに変わりはない。まだ鳥たちの声しか聞こえない時間なのに。


「昨夜はあなたが見つかったことに気が急いてしまい、あんな時間に令嬢の部屋をいきなり訪ねるなんて、大変失礼しました」

「いえ、それは……はい」


 聖騎士ともあろう方に令嬢扱いされた挙句、丁寧な謝罪までいただいて何を言ったら良いかわからない。


「改めまして聖騎士をしております、セオドリックと申します」

「セオドリック様……。こちらこそ、不躾な真似をしてごめんなさい」

「怯えさせてしまったので当然です。気の回らぬ身で申し訳ありません」


 紳士的な対応に落ち着けない。きっと義理堅い人なだけに違いない。そう自分に言い聞かせるのに、心臓が勝手に期待してドキドキとうるさく鳴り響く。

 物語には足を突っ込まないと決めているでしょう!?


「あの、なぜ私だとわかったんですか?」

「俺の助けた少年が、よく孤児院に手伝いに来てくれるシャルロッテ嬢だと教えてくれました」


 言われて思い出した。

 怪我もなさそうだったし、この人の存在ですっかり抜け落ちていたけど、あの場には知り合いの助けられた孤児がいた。

 孤児院に手伝いに行くと、よく「シャルねーちゃん!」とパンをねだって抱きついてくる食いしん坊だ。パンの香りと声で私だとバレるのは、よく考えたら当然だった。

 疲労と動揺でそれどころじゃなかったとはいえ、口止めしておくべきだったッ。


「それから孤児院を管理されている修道女の方々に。色々とお話を伺って、シャルロッテ嬢の元に参った次第です」

「色々、というのは……色々、ですよね」


 孤児なのに癒しの力を持ってる。という、私の秘密。


「勝手に調べるような形になってしまい、申し訳ありません」

「いえ、もう今更ですから」


 癒しの力を使った時点で、誤魔化しようがない。

 チラリと上目遣いにセオドリック様を見上げる。彼は先程から謝罪するときに真面目な顔をする以外は、穏やかな笑顔を絶やさない。見るからに悪い人ではなさそう。

 そもそも、見ず知らずの孤児すら身を挺して助けてしまう人だった。だから私も、私にできることをしたいと思ったのだし。

 これなら、もしかしたら。

 助けられた恩を感じているのなら、出来ればこのまま知らなかったことにしていただけませんか!


「それで、シャルロッテ嬢」


 しかし、私が口を開くより先にセオドリック様が私の前で片膝を突いた。まさに騎士と言わんばかりの滑らかな動作。

 唐突な事態にお願いしようとした言葉が喉の奥に引っ込んだ。いったい何!?

 彼の手にある、私の髪色のように真っ赤な花束を差し出される。


「あなたに一目惚れしました。結婚を前提に、お付き合いしてください」

「えっ!? あんな紙袋を被った不審者だったのに!?」


 予想もしなかった突拍子もない申し出に、思わず一歩仰け反った。

 嬉しさより、動揺がすごい。心拍数が限界を訴えるほど速く脈打つ。

 まさかこの人、怪しい不審者を好ましく思う性癖が!? 私、普段はあんな真似をする趣味はないんだけど!


「あれには驚かされましたが、シャルロッテ嬢の立場を考えれば仕方ない対処だったかと……残念ながら世間には、心無い人も少なからずいますから」


 セオドリック様が少し苦笑いしながら、あの日の私の変装の理由を正しく理解してくれていたみたい。フォローしてくれる。

 そして不意に真剣な目になると、恭しく私の手を取る。

 まるで、お姫様にするみたいに。

 先日と違って、固い指先は熱を持っている。その熱が触れたところから、私の根拠のない意地が溶かされていきそう。


 本当は。


 前世の記憶があっても、孤児の私が人並み以上に報われることなんてないんだって、諦めていた。

 夢物語には踏み込まない、なんて決めていたけど、元からそんな都合のいい話があるとは思ってなかった。最初から期待しなければ、落胆もしなくて済むと思っていただけ。

 ただ夢を見ないように、予防線を張っていただけ。

 ……だけど本当は、ずっと夢を見ていた。

 いつか素敵な人が現れて、こんな私とでも幸せになってほしい、なんて。


「俺は、自分のこの先の身の危険も顧みず、助けようとしてくれたあなたの強さと優しさに惚れたんです」


 空色の瞳に見上げられて、全身が心臓になったみたい。

 そんな風に言われたら。そんなに熱く、真摯な眼差しで見つめられたら。これは夢物語なんかじゃなくて、私の勇気が掴みとった現実だと思えてしまう。

 一歩、踏み出したくなってしまう。


「だからこれからは俺に、あなたを守らせてください」


 そこまで言われて、私の縮こまっていた心が解けていく。

 聖騎士との恋なんて、身分違いだし、本当に物語みたい。まだ夢見心地で、こうなるとやっぱりこの先に何が起こるかわからない不安はあるけれど。


「わ、私でよければ。こちらこそ、あなたと一緒にいさせてください!」


 勇気を出してこの恋物語を、現実として歩いてみたいと思います!



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