Chapter 5-3

 その夜、コタローは自室の電気を付けないまま、テレビの前に陣取っていた。テレビにはなにも映っておらず、夜の闇と同化している。

 その静けさのなか、コタローは自身の気を解放した。ほんの一瞬、世界のなかでコタローの存在感が大きくなる。ヤツらは心に闇を抱えた者、強い肉体の持ち主を欲している。


 つまりこれは、撒き餌だ。ばら撒いた気配におびき寄せられてくるヤツらを、釣り上げるための。


 すると次の瞬間、テレビ画面から夜の闇より濃い黒が噴き出す。それは瘴気だった。狙い通り、まんまとコタローの前に現れた瘴気は禍々しい声を発する。


「……貴様カ、強キ気配ヲ放ツ者ヨ」

「……だったらどうする?」

「ソノ身体、イタダク……!!」

「やってみなよ。やれるもんならな……!!」


 コタローの挑発に乗ってか、瘴気はコタローの身体を包み込む。


 そして瘴気が晴れたとき、そこにコタローの姿はなかった。


     ※     ※     ※


 目を覚ますと、そこは広大な洞窟のような場所だった。コタローが寝転がっていたところは高い崖のようになっており、その下、眼下には遥か下方に湖が広がっている。視線を上げれば、コタローのいるところよりも高いところに、一脚の玉座があった。


「目覚めたか」

「……あんたは?」


 そして玉座には一人の男が座していた。緑色の肌、細長い耳が特徴的な彼奴は明らかに人間ではなかった。


「不敬であるぞ人間。……ふん、まあよい。余は魔王。魔王マゼラス。いずれすべての魔王を統べ、大魔王となってこの魔界全土をも統べる者よ」


 魔王マゼラスと名乗った男は、不敵な笑みを浮かべてそう言い放った。なるほど、その言葉を信じるなら、ここは彼奴の居城というわけだ。彼奴は魔界と言った。ならばここはコタローがいた世界とは別世界。異世界ということか。


「それで、なんで俺はこんなとこに?」

「我が尖兵では貴様を取り込むことはできなかったからな。それほどの力を持つ者、余が直接話をしたくてここまで通させたのだ」


 なるほど。なんの話がしたいのだろうか。あまり興味は湧かないが、聞かないわけにもいかないだろう。


「貴様、余に与する気はないか? さすれば、魔界統一の暁には世界の半分を貴様にくれてやろう」

「えー。イヤです」

「……余の提案を蹴ると申すか」

「まあ、そういうことになるね」


 そもそもせっかく世界を征服したのに、半分もあげたらまたいずれ戦いになるのでは? いや、興味はないんだけどさ。もにょるよね、そういうの。


「ここまで余をコケにした者は初めてだ」

「それで、話は終わり? んじゃ、帰らせてもらおっかな」

「待て。生かして帰すわけがなかろう。貴様の身体は我が直接使わせてもらおう。そちらの世界を掌握するのにせいぜい、役立ってもらうぞ」


 マゼラスは指を鳴らす。するとコタローの足元から幾本もの槍が突き出し、彼を串刺しにした。


「……ふん。強いとはいえ所詮はこの程度――」


 しかし次の瞬間、コタローの姿が消えて丸太と化した。これは一体、とマゼラスが目を見開く間に、コタローの本体は遥か遠くに現れた。


「えっと……。ありがとう、ございます?」

「ふん。さっさと逃げるぞ」


 その隣には、黒い布で身体を覆った女性――女忍者の姿があった。

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