第18話「月明りの道標」

ヤマトは、ジャンヌと街を散策した日の夜、作戦を実行する。

いつもと同じようにジャンヌが家から食材をもって来たが、快気祝いということもあっていつもと違い少し豪華だった。

ジャンヌが炊事場で夕飯を作っている背後を襲おうとするヤマト。しかし、あと一歩と言うところで葛藤してしまう。

(駄目だ… できない… なんでだよ…!今まで散々鬼を殺してきただろ!?痛いくらい鬼に奪われただろ!?俺にはもう失うものなんて… 失うものなんて何も無いのに… なのにどうして… こんなにも胸が苦しいんだ…?)

あと一歩のところでためらってしまったヤマトは、空を見上げる。

(教えてくれ… ジャンヌ… お前は一体… 何者なんだ…?)

そしてしばらく時が流れ、意外な事実に気が付く。

(…ああ、そういうことか。ようやくわかったよジャンヌ。俺はお前が好きなんだ。鬼とか人とか関係なく、お前が好きなんだ。最初はすげー気持ち悪く思ったよ… 人間を助ける鬼なんて… だけどお前と過ごしていくうちにわかったんだ… 俺はお前が好きだ。)

(その真っすぐで綺麗な髪も、雪のように白い肌も、太陽のような笑顔も… 俺には、すべてが眩しく見えたんだ…)

(ジャンヌ。お前は本当にいいやつだな… 死にかけていた人間の俺を看病してくれて… 俺が軍人で、たくさんの鬼を殺していることを知っていたうえで、俺にやさしく接してくれて… 俺に、お前の世界のことを教えてくれて… ありがとう…)

(でも… 俺は前に進まなくちゃいけないんだ… このままじゃいけないんだ… ごめんな、ジャンヌ… 俺のために、死んでくれ!)

そう言って、気持ちに区切りをつけたヤマトは、サバイバルナイフでジャンヌの首を掻っ切ろうとするが、ジャンヌが護身術で身を守り、ヤマトは地面に叩きつけられてジャンヌに馬乗りにされ、拘束される。

何が起きたのかよくわからなかったヤマトに対して、ジャンヌはこう言い放つ。

「傷つけてごめんね… でも、これだけは言わせて… ヤマト。 私は、もっとあなたと一緒に居たい…!」

ジャンヌの声はいつになく真剣だった。

しかし、別れを告げたはずのジャンヌに計画を阻止された挙句、予想外の事態で頭を地面に強打して感情的になったヤマトに、ジャンヌの訴えは届かなかった。

「テメェ…!いつから気づいてやがった…!それに今のは護身術…!お前、巫女なんじゃなかったのかよ…! 俺を騙したな!」

「騙してなんかない!私は一つも嘘なんかついてない!これは身を守るために守り人の人に教わっただけ…!それに、騙してたのはヤマトの方だよ…!なんで…?なんでこんなことするの…?」

ジャンヌは今にも泣きだしそうな声でヤマトに尋ねる。

「なんでって…?お前本気で言ってんのか…?んなもん、俺が人間で、お前が鬼だからに決まってんだろ…!俺は鬼に全てを奪われたんだよ!だからお前らを皆殺しにして復讐するんだよ!」

ヤマトは初めてジャンヌに本心を打ち明ける。

「復讐して何になるの…?そんなことをしてあなたは満足するの…?憎しみは憎しみしか生まない… 虚しくなるだけだよ…」

「知ったような口きいてんじゃねぇよ!虚しくて構わねぇ…!殺したいから殺すんだよ…! それだけだよ…!」

ジャンヌの言葉に思い当たるところがあったヤマトは、さらに感情が高ぶり、ジャンヌの拘束を解こうとする。それを必死で抑えるジャンヌの目から、涙が零れ落ちる。

「嘘だ…!本当に殺したいと思ってるなら、なんで… なんでそんなに苦しそうな顔をしているの…?」

涙を流しながらヤマトを憐れむその姿に、ヤマトの怒りのボルテージはマックスになった。ジャンヌの拘束を解き、今度はヤマトが馬乗りになってジャンヌの首を絞める。

「マジでなんなんだよお前ェはよォ!!」「鬼のくせして人間の俺を勝手に助けといて、殺されそうになったら『殺したかったら殺せば』って都合よすぎだろ!!」

「なんで泣いてんだよ意味わかんねぇよ!!泣きたいのはこっちだよ!!」

「お前らに俺の仲間や家族がいったい何人殺されたと思ってんだよ!!これじゃまるで俺が鬼みたいじゃねェか!!!」

ヤマトの怒号を浴びながらも、ヤマトの首を絞める手を緩めて、咽び泣きながら訴えるジャンヌ。

「私だって友達や家族を人間に殺された!!でもそれは傷ついたあなたを手当てしない理由にはならないし、あなたを恨む理由にもならない!!!」

その言葉を聞いて、さらに首を絞める力が強まるヤマト。

「ふざけんなよテメェ…!キレイごと言ってんじゃねーぞ…!誰かを失った悲しみや憎しみは、そう簡単に消えるものじゃねーんだよ!俺は鬼が憎い…!俺はたくさんの鬼を殺して、このクソみたいな気持ちを紛らわしたいんだよ…!」

「憎しみは憎しみしか生まないよ!ヤマト…!あなたも本当はわかっていたんじゃないの…? わたしはあなたが好きだった… あなたが私にあなたの世界のことを教えてくれた時、本当に嬉しかった…!」

「一緒に町に行った時も、私に質問してくれた時も、全部… 本当に嬉しかった…!! あなたが人間の兵士で、鬼を憎んでいたのは知ってた… だけど、そんなあなたが私に心を開いてくれたのが、本当にうれしかった…!」

「鬼も人間も一緒なんだ。私は間違ってなかったんだって思えたの…」

「あんなの嘘に決まってんだろ!俺は最初からお前もほかのやつらも皆殺しにするつもりだったんだよ…!!!」

その言葉を聞いて、ジャンヌは覚悟を決めた顔でこう叫ぶ。

「私を殺したいのなら殺せばいい!わたしは私の正義を信じる!わたしは間違ってなんかいない!!間違っているのは世界の方よ!!」

ジャンヌの叫びが静かな洞窟にこだまする。ヤマトはジャンヌから立ち退き、首を絞める手を解いて頭を抱える。

ジャンヌが苦しそうに咳き込む中、ヤマトは一人葛藤する。

(クソォォ…!!なにやってんだよ…!!俺…!!)

もう後戻りはできないところまで来てしまったヤマトは、自分の犯してしまった過ちの重大さに気が付き後悔する。

そんなヤマトに、衰弱したジャンヌが必死に声を振り絞ってヤマトにこう言う。

「明日もここへ来てね… まってるから…」


続く

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