美しく

海月^2

美しく

「死なないでください」

 ある日の朝六時、一通の手紙が届いた。どこから来たのかは分からなかったけれど、こぞという署名が書かれていた。私は美しいからと特に気にせずにその手紙を放置した。


「死なないでください」

 翌日も手紙が届いた。正午の頃。昨日と違かったのは、時間と文香が付けられているというところだった。何の匂いかは分からなかったけれど、甘い香りがした。


「死なないでください」

 また翌日も手紙が届いた。夜の十八時。気づけば玄関に置かれていたそれには、果物ナイフと昨日と同じ文香が付けられていた。



 そのさらに翌日はは夜遅くまでお酒を開けていて、冷蔵庫を覗けば残りがなくなってしまっていた。だから深夜の零時頃、私は寝間着のままスマホだけを持ってコンビニまで向かった。

 コンビニは横断歩道を渡った眼の前にあって、特に警戒もしていなかった。だからだろう。あの手紙につけられていた文香の匂いがして、後ろに振り向いてしまった。あんなに怪しいことをしてくる人間がまともなわけがないと知っていたはずなのに、私は判断を間違えた。

 お腹の辺りが熱くなると同時に、あの香りがより一層香った。一瞬のタイムラグを経て、私のお腹を刺したやつに抱きしめられているのだと分かった。そっとお腹を探れば果物ナイフが私のお腹に刺さっていた。

「死なないでって言ったのに」

 その顔には見覚えがあった。去年まで付き合っていたが、私の浮気が原因で別れた男だった。

 男は私の耳元で発狂した。そして一心不乱に同じ言葉を繰り返した。

「死なないで。死なないで。ねえ、死なないで。死なないでよ、ねえ」

 体の奥底が冷えていく。ここまでされればもう怒りすら沸かないことに気付いた。ここまでくれば無である。

「知らないよ。君が殺したんだ」

「だって、君が他の男に殺されるくらいなら、僕が殺さなきゃ。でも、このままだと死んじゃう」

 眼の前の男に失望した。この状況下で一緒に死ぬの一言すら言えない女々しくて弱い男だ。そんなのと付き合っていた昔の自分すらも悔やみたくなる。

「さようなら」

 私は綺麗に死んでやる。果物ナイフで急所は刺さっていないから、きっと二時間くらいはまだ死なない。だから問題ない。家に戻って、風呂に水を張って花を浮かべる。その中で血を流しながら眠る私はきっと美しい。

「だから、離して」

 私は男の腕の中から抜けて美しく死にに行った。

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美しく 海月^2 @mituki-kurage

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