羅生門を読んで

海月^2

羅生門を読んで

 境界人。異世界と地球と神の世界の境界を守っている存在。それは神でありながら人であり、そしてその何方でもない。マージナル・マンとも言うかもしれない。

 それは常に二人。現在は右記と左記。実に百を超える代の中で、一番荒れた時代を勤めた最後の境界人である。

 時折、神は自らの世界に地球の人を送り込む。その場合には境界人に話を通し、許可を貰ってから迎え入れるのが常であった。しかし、その時代の世界は特に荒れていて、神の手助けによる人間の不正渡航が横行していた。無論、境界人たちは長年なくならないその横暴に辟易し、頭を抱えていた。

 彼らには暴力が禁止されている。そして神に言っても改善されることはなく、神は何よりも偉い存在だった。そのため、その横暴は長年まかり通ってしまっていた。それを食い止めたのが、この右記と左記である。


 その日、いつものように境界を跨いだ人間を記録していた右記と左記の元に現れたのは、着の身着のまま逃げてきた人間だった。そして右記と左記を見つけるとまくしたてるように支離滅裂な話をし始めた。それを分かりやすく要約すると、転生なんてしたくないから何とかしてくれということらしい。

 右記は直ぐに輪廻局に電話を掛けた。輪廻局は死んだ人間を生まれ変わらせることを主にしている部署だった。右記が輪廻局と電話をしている間に左記は人間と話をして、不正渡航を行おうとした神の特徴を聞き出し手元に記した。その神は不正渡航の回数が特別多いが、なかなか証拠を掴めなかった神だった。だが、被害者の意見があれば強い証拠になると考えたのだ。

 輪廻局と話を付け終わった右記は人間を輪廻局まで送った。一人で行かせれば神が再び連れ出す可能性が高かったからだ。そして輪廻局まで送られた人間は礼に、コートの内側から本を出した。そして輪廻転生の準備に向かっていった。

 困ったのは右記だ。境界人は人の娯楽を知らない。そのため、本を貰ってもどうすれば良いのか分からなかったのだ。本来ならばルールに従って神に提出するべきだ。境界人に仕事以外の行為は許されていなかった。しかし、ここで魔が差した。神がルールを破っているのだから自分たちも少しくらいは良いのではないかと思ったのだ。そしてその本を持って、左記の元へ戻った。

 本を持った右記を見て、左記は反対した。しかし強く興味を引かれているらしい右記に押され、二人で本を開いた。

 そこにある世界は退廃的な過去。下人の男と老婆の話。

 境界人は良くも悪くも影響を受けすぎてしまう。それ故に娯楽が禁じられる。それは右記と左記も例外ではない。彼らもまた、この本に大きく心を動かされた。そして彼らの周りには、正誤を教えてくれる者は誰も居なかった。右記と左記はただやるべきことだけを与えられただけの存在だった。

 境界人が必要なのは、世界のバランスを取るため。境界を閉めてはいけないのは、二つの世界の均衡を繋ぐための道が途切れてしまうため。境界人に休みがないのは、絶えず世界は不安定に揺れているため。境界人に飢えはないし、存在していくには事足りているが、初めて摂取した娯楽に二人は一種の飢餓状態に陥っていた。

 二人は迷わなかった。二人にとって境界人として存在することは生きることとは全くの別物だったから。

 初めて与えられた仕事以外の指針。それは彼らに異常な倫理観を植え付けた。

「生きるために犯す罪は仕方がないことだ」

 芥川が本当に言いたかったことはそんなことではなかったのだろうけれど、右記と左記にできる読みはそれが限界だった。

 二人は地球の境界を犯してから、全ての境界を閉じた。それにより、世界は端から崩壊を始める。ゆっくりとゆっくりと、何万年と経って漸く神は気付く。その時にはもう遅い。

 輪廻の輪が崩れ、人の生き死には全て壊れたアルゴリズムの気まぐれになり、神をも侵食していく。そして右記も左記も心ゆくまで消えゆく世界に生きた。

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