moonlight14(永香)
俺は優しい人間じゃない。
――――顔はそれほど似てもいないんだ。
――――横顔とか……雰囲気がな。
親切でもない。
ずっと好きだった。付き合い始めても、たまにしか店には来ないはずの男が。
俺に黙って煙草も、酒まで飲んで。
男を女と間違えるわけないだろ。華織はあんな格好でカウンターに座らない。
「あんたと、思って」
俺は、彼の代わりを探してた。いつ捨てられても、泣かずに済むように。すがりつかなくていいように。
彼が俺を捨てやすいように。
悪ィ。好きな人と間違えた。
おまえ、男か?
それだけ似てたら、
俺を抱けるか?
頼むから、忘れさせてくれ。
もう、こんな風には、
誰も好きになりたくないんだ。
だけどすぐに気づいてしまった。あいつが俺と同じ側なのを。ほかの誰も代わりにはなれない。
見た目が似ていても、中身が違いすぎる。誰もあんたの代わりにはなれない。
あんた以上に好きにはなれない。
薄目を開けると、月がこちらを見ていた。しどけなく膝を開き、捕らえられている俺を。
男はようやく手を止めて、後ろの指をゆっくり引き抜いた。
肉襞が吸い付くように、出て行くのを阻む。ああ、とため息を吐いた。
「あんたが欲しい」
――――ずっとそれだけ。
「あなたが、本当は全部」
――――それだけを望んでた。
「そんなこと」
――――とっくに三時は過ぎたぜ。
「そんなことを望めるわけないでしょうが」
お茶会の時間は終わりだ。
右手で指輪を掴んだ。現実に戻る時間が来たらしい。
俺の嵌めているそれと擦れて、ぎりっと音を立てる。
嗚咽は殺さなくてもよくなった。もう出ない。
俺は真っ暗のほうが好きだから。
明るい月は見たくないな。
「なぜ、望んじゃいけないんだ」
耳元ではっきりと、小さな声が聞こえた。
「諦める必要があるのか?」
あんた大馬鹿だろ。膝の上に乗ったら、俺の肩に顎も乗せられない癖に。
アリスのほうが大きいなんてあるか?背の低い帽子屋なんて格好悪いぞ。
この姿勢でキスもできやしない。おかげでどんな顔をしているか、見られずに済むが。
「私を甘く見すぎだ。君は」
横腹を掴まれる。ン、と呻いた。吐き出した部分を避け横倒しに寝かされて、すぐ近くに顔が来る。
背けようとしたら、頬に手を当て顔を向けさせられた。
いつまでも綺麗な人だ。中性的で、俺より女になれる人。
涙を拭わなくていい。親指は綺麗なままにしててくれ。
どうして欲しい、と俺を見た。
言いたいことはひとつだ。
「煙草。やめてください」
憮然とした。
ざまあみろ。
「――――酒はもう飲まない」
「俺もやめるから。やめてください。ほどほどでもやめて」
情けないような、しまりのない顔で苦笑する。今夜は見たことのない表情ばかりだ。
帽子の下に、いくつの仮面を隠しているんだ?全部知ることができなくて残念だな。
「いつから吸い始めたと思うんだ」
前からだろう。知らないが、喘息の原因だって、全く関係ないわけがない。
歌姫もごくたまに、いつの間にか吸っている。あいつの婚約者は何も言わない。
俺は言うよ。あんたに嫌われるのは怖くないからな。
あんたが死ぬのが怖いだけだ。
「ライター。返せよ」
俺のジッポー。
父親のくれたのだからどうでもいいが、あんたが擦る度に投げ捨てたくなる。
「あれは俺のだよ。あんたの娘と別れた日に忘れたんだ。返せよ」
男は口元に拳をあてた。何がおかしいんだ?親子揃って意地が悪い。
俺だけ仲間外れにするな。なぜ俺はチェシャ猫なんだ。女王さまは何も教えちゃくれない。
頼りのあんたがこれだったら、今度こそ爪で引っ掻く。
「知っている――――あれは君のだ」
顔をあげた。
「会社で吸うのをずっと見てた」
「――――」
「喫煙室ができてからも、外で珈琲を飲んだりして。ずっと」
好きだったと言っただろう。
聞いていなかったのか、と。
俺は体を半分起こした。端正な顔が、薄く笑って皺を深める。
「煙草もやめよう。君がいるなら、もう面倒なオイルの補充もしなくて済む」
「どう。いう」
「君を思い出すために、吸っていたんだ」
掠れた声で問おうすると、反論の言葉を親指で塞がれた。
「あの子もだ――――しかしライターは私にくれた。なぜ君が気づかないのに娘にばれたのか、見当もつかないが」
妻にもな、と目を逸らさずに話した。
唇を割って入る指を、いつものようには舐めなかった。
軽く吸って、強く吸って。欲していることをきちんと伝えるまで。
「娘にも、他の誰にも君を渡す気はない」
「勘違いだ……あんた」
口づけもないのに言葉を奪われる。
あんた、魔法使いか?
「関係あると思うなら、そう思っておけばいいさ」
「あんた、あんたゲイじゃないのに」
引き寄せて、俺の髪の毛を両手で梳いた。
「君が欲しくて、たまらないのにか」
生理現象だ、と言いたかった。何か理由をつけて逃げ出したくなる。
厚い唇に触れられると、頭で考えた言葉が遠退く。息を吹き込むようにそのまま動いた。
「ちゃんと言いなさい」
「俺を――――」
俺を愛して。
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