第6話(永香)
強い力で引き止められて、部屋には入るなと閉めだされた。店での醜態を考えると、相当量を飲んでいたようだ。大丈夫か、服は脱げるかと聞いたら、扉の隙間から靴が飛んできた。床を拭いておけと何度も叫んでいる。酔っているのに人使いが荒い。
お互い飲めはしないのだが、奴が酒に飲まれているところを初めて見た。冷静な男だ。感情に溺れるタイプではない。騒がしい場所を避け、遠くでいつまでも人を観察し続けているような。滅多なことで羽目を外さぬ奴が、なぜあそこにいたのか気になった。歌姫への恋の話が原因なのか?奴は何をしに行ったのだ?
しばらく言うとおりに廊下の床を拭いてたが、激しく咳込む声に部屋の扉を開ける。雑巾は投げ出した。
脱ぎ散らかした上着や靴下や、それにも関わらず履いたままの靴。服はいつの間にかネクタイまで締めて直していた。
ベッドの上で奴が身を二つにして苦しんでいる。喉に詰まるような声に、ベッド脇の花瓶の花を捨て、中身を無理矢理飲ませた。
そのすべてを吐き出して、殺す気か、と聞いた顔が赤かった。手の煙草を奪いとり、軽く頬を叩いた。奴は冷たい目をして、水に濡れた唇の形だけで言った。
最低だ。
花瓶が重い。体が熱い。奴の顔から血の気が引いて、無意識にこちらが握った腕を突っ張る。重い物は捨てて、奴のネクタイを解くと騒いだ。顎を掬い上げると高い声を上げるので、やめさせたくて唇で封じた。
深みで喘ぐ声に腰を引き寄せた。夢中で貪って、一瞬気が遠くなる。拳で胸を叩くので、息が止まるかという寸前になって解放した。お互い喘いで糸を引いた唾液に赤くなった。酒臭く荒い息が触れ合う。
正気に戻ってばたつく奴の両腕を、後ろ手にネクタイで縛る。待て、冗談じゃないと奴の背中が言う。冗談でないさと言った。汗ばんだ首筋に唇をつけ、汗を吸った。
後ろから股関に触れる。柔らかいままだった。男だからだ。俺だからだ。あるいは酒のせいで感じないのだ。
よくしてやるからと掴んだ。ヒッと息を詰める。握られたことより、後ろに感じた硬いモノに嫌悪したのかもしれない。どうでもいいと思った。何故か布越しに奴のモノも重量を増した。いい案配だ、と呟いた次の瞬間、床に頭をぶつけた。奴が背中で押しのけたのだ。
くるりと振り向いたその表情を直視できず、顔を下に向ける。シーツの上で動く物音と、ン、ん、と言う声に好奇心を抑えきれず、視界に納めて後悔した。
縛られたネクタイを外そうと悪戦苦闘している。シャツがめくれて、半裸であった。煽られて納まりきらない我が分身が騒いだ。
視線がかちあうと、取れと顎をしゃくる。見ただけで射殺されそうな空気が部屋中に走った。
おとなしく言うことをきいた後は、その場に正座して次の命令を待った。自らの手首を撫でながら、すなわち思った通り。奴はこちらを見もせずに帰れと言った。
部屋を後にする前に雑巾だけ拾い上げ、外に出た。
エレベーターで鉢合わせたカップルがじろじろ見ている。さぞかし惨めな出で立ちか、膨らんだままの箇所か、持ってる雑巾が目立つのか……そのすべてが原因だろう。
携帯が鳴ったので、あまりに驚いて雑巾を手放した。カップルがうっ、と言った。耳元で奴が、返せ!と言っている。何を。雑巾か?みみっちいな、と足元を見た。
男物の下着だった。奴は部屋で酔ったまま脱いで、下を着直したが中身は忘れたらしい。
奴の股間は布一枚で俺の手の中だったのだ。
それに気づいたら暗かった目の前に急に明かりが射した。明日洗って返すと言ったら、何やら向こうで叫んでいたのだが、耳が遠くなったみたいに聞こえなかった。
カップルはこっちを見てすっかり息をつめている。すぐ次の階で降りて、足早にいなくなった。
電話を切って冷静になると、情けないことに鼻血が出ていた。
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