第4話 最後のチャンス

「はっ初音さん…!」


 彼女がこちらを振り返った


『ん、何?』



 最後のチャンスだ。ここで失敗は許されない。もし変なことを言ったり、しょうもないことを言ったりしてみろ。「あーそうなんだ…じゃあ」終わりだ。


「何でこんな深夜に学校にいるの?」


 というのはめっちゃ聞いてみたいが、俺とは違い友達もいて学校生活を充実してる初音だ。よっぽどの理由があるんだろう。そんなことを実質初対面の相手に聞かれても答えたくないと思う。聞かれたくもないだろう。


 数秒の沈黙。初音がキョトンとした顔でこちらを見ている。


 やばい…、もう何を聞いても……!


 諦めかけていたその時、初音の握っていたスマホに目が行った。



「きみヒロ…?」



 つい声に出てしまった。初音のスマホの透明カバーに張り付いていた、とある漫画のステッカー。俺が小学生のときくらいに発売していた漫画で今はもう完結していて、重版のされずに終わってしまった。あまり話題にならなかったコアな漫画だ。ステッカーなんて売ってたんだ…


……


 いや待て待て。やばいって。急に話しかけておいて第一声が漫画のタイトルって普通に頭おかしいだろ。


 まずい何か言わないと…このままじゃただの頭のおかしいぼっちに…


「いや、えっと…その…」


 出口へと向いていた初音の身体がこちらに向いた。



『えっ…知ってるの…?』



 さっきまで気だるげそうにこちらを見ていた目が、まるで大好きなものを見るような、ワクワクとドキドキに溢れた目に変わっていた。


「えっ…」



 こっこれは…



『葵とか友達みんな知らなかったのに。まさか同い年で知ってる人がいるなんて思わなかった。』



 まさか…



『綾瀬くん…だよね?綾瀬くんも好きなの?きみヒロ。』



 おっ大当たりだーー!!



「あっきみヒロ…?!うん、好きだよ!面白いよね、あの漫画!」


『だよね、面白いよね。でももう完結しちゃったんだよね。絶対アニメ化もすると思ったのに。』


「あっそれ俺も思った。特に○○と○○の戦闘シーンとかアニメだったらめっちゃ熱かったんだけど…」


『えっそれめっちゃ分かる。綾瀬くん誰好きなの?私はね○○』


「えっ!俺?えっと俺は―――」




―――――――――




 気づけば俺と初音は窓側の席に座って弱々しい風を浴びながらきみヒロについて熱く語り合っていた。


 あー、人とこんなに話したのはいつぶりだろう。



 楽しいな……




チュン…チュン…!


 そんな俺の思いとは裏腹に、残酷にも空は朝を迎えようとしていた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る