【おじいちゃんアクション短編小説】老翁の一手 ―真田徳栄の秘技―
藍埜佑(あいのたすく)
第1話「縁側の龍:静寂に潜む力」
朝日が昇り始めた東京の下町。
真田家の縁側に、一人の老人が腰を下ろしていた。
小柄で華奢な体つきに、肩まで伸びた白髪が朝日に輝いている。
穏やかな表情で、ゆっくりとお茶を啜る姿は、まるで時が止まったかのようだ。
家の中からは、慌ただしい足音が聞こえてきた。
「おじいちゃん、また縁側? まるで置物みたい~。だってずっとそこに座ってるんだもん!」
元気な声とともに、10歳の少女が裸足で縁側に飛び出してきた。真田さくらだ。
徳栄はにっこりと笑って答えた。
「おはよう、さくら。今日も元気だねぇ」
「うん! でも、おじいちゃんったら、本当に朝からずっとここにいるの?」
さくらは、おじいちゃんの隣にちょこんと座った。徳栄は優しく孫の頭を撫でる。
「わしはね、こうしてじっとしているのが好きなんじゃよ。じっとしていると、世界が動いているのを感じられるからね」
「え~? よくわかんない」
さくらが首をかしげていると、家の中から声が聞こえてきた。
「さくら、朝ごはんよ! 学校に遅刻しちゃうわよ」
「はーい!」
さくらは飛び上がるように立ち上がり、家の中へと駆け込んでいった。その後ろ姿を、徳栄は穏やかな笑みを浮かべながら見送った。
しばらくすると、娘の
「お義父さん、今日もよろしくお願いします」
二人は徳栄に向かって頭を下げる。
「ああ、行ってらっしゃい。気をつけてな」
徳栄は穏やかに二人を見送った。家族が出かけた後、徳栄はゆっくりと立ち上がり、庭に向かった。
小さな庭には、季節の花々が咲き誇っている。徳栄は丁寧に花の手入れを始めた。その動作は、年齢を感じさせないほど滑らかだ。
「おはようございます、徳栄さん!」
隣家の主婦が、買い物帰りに声をかけてきた。
「おや、小林さん。今日も早いねぇ」
「ええ、今日は特売日なんです。徳栄さんも、お孫さんのためにお買い物でもどうですか?」
「ありがとう。でも、わしはこうして庭いじりをしているのが楽しいんじゃ」
徳栄は優しく微笑んだ。小林さんは、「本当に穏やかな方ね」と言いながら立ち去っていった。
午後、徳栄は縁側に戻り、再びひなたぼっこを楽しんでいた。そんな中、学校から帰ってきたさくらが飛び込むように縁側に現れた。
「おじいちゃん! おじいちゃん!」
「おや、さくら。どうしたんじゃ?」
「ねえねえ、明日は楽しみにしていた春祭りだよ! 学校でみんなが話してたの。わたし、楽しみで楽しみで……」
さくらの目は輝いていた。徳栄は優しく孫の頭を撫でながら言った。
「そうかそうか。楽しみじゃな。わしも行くのを楽しみにしているよ」
「本当!? やったー!」
さくらは飛び上がって喜んだ。その姿を見て、徳栄は心の中で静かにつぶやいた。
(祭りか……懐かしいのう。昔はわしも……いや、違う。今のわしは、ただのひなたぼっこ好きなおじいさんじゃ。それでいいんじゃ)
徳栄の目に、かすかな懐かしさの色が浮かんだが、すぐに消えた。縁側に座る彼の姿は、相変わらず穏やかで静かなものだった。
夕方になり、美倉と健太郎が帰宅してきた。さくらは両親に向かって、明日の春祭りの話を興奮気味に語り始めた。家族全員で夕食を取りながら、春祭りの話で盛り上がる。その中で、徳栄はほとんど口を開かず、ただ優しく家族の会話を聞いていた。
夜、就寝前のひととき。徳栄は一人、縁側に座って夜空を見上げていた。静かな夜の中、真田家は明日の祭りへの期待に包まれながら、眠りについた。
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