ナナたん ケントくん

オカン🐷

ナナたん

「ちゃん、ハイ」


 ナナは差し棒を手の平にパンパンと打ち付けた。


「ああ、ためため。いいでちゅか、ちゃん、ハイでうたいまちゅよ」


 双子のマナとエナはあさっての方角を向いている。


「もう、ためでちゅねえ」


「ナナちゃん、学校ごっこ?」

「うん。マナもエナも、ぜんぜんため」

「この子たちにはその遊びは早いんじゃない。あっ、玄関にケントくんが来てるわよ」


 ナナは差し棒を放り投げて走り出した。


「マーの」

「いやあ、エーの」

「ためえ」


 マナとエナはそれの争奪戦だ。


「みんな先生になりたいのね。ああ、だめ、だめ。そんなの取り合いしたら、お目目に刺さって怪我するわよ。ママが預かって置く」


 すると、廊下からナナの悲鳴が聞こえた。


「まあ、ケントくん。どうしたの?」

「おばあたんにこんにちはして、たおれたの」

「やあね。私何もしてないわよ」

「ナナ、パパを呼んで来て」


 廊下を駆けて行くナナを見送って、リビングにケントを運び入れた。


「どうした?」


 カズは医療用バッグを携えて、ソファに横たわるケントの血圧、酸素濃度、脈を計り、胸に聴診器を当て、首を振りながら言った。


「どこも異常はない。どういう状況で倒れたんだ」

「あのね、ケントくん、おばあたんにこんにちはしたの」

「いやあね。私何もしてないわよ」


 ナナの祖母は目を大きく見開いて、身体の前で手を振り抗議した。


「そういえばおばあちゃんの香水きつくないか」

「ああ、今日新作の発表会があって」

「それだよ、今、山中教授とも電話していたんだけど、学会でも最近議題にあがることのある『化学物質過敏症』じゃないかと思う。ママ、悪いけど自分の部屋に戻っておいて」

「えっ、私のせいなの。もう信じらんない」


 プリプリと怒りながらナナの祖母は部屋を出て行った。

 カズは窓を開け、残り香を外に追い出した。

 ルナは冷たいおしぼりでケントの顔を拭いた。

 ナナはケントの横に座り、心配そうにそれらを見ていた。


「あっ、ケントくん」


 ナナの呼びかけで上半身を起こしたケントはキョロキョロと辺りを見回した。


「ビックリしたな。たぶん、化学物質に反応して一時的に気を失ったんだ。今までにもこんなことあったんじゃないか」

「うん」


 ケントは小さく返事した。

 グラフィックデザインで生計を立てる母親に心配をかけまいと黙っていた。


「ママに心配をかけたくないのはわかるけど、大事なことだから秘密には出来ないよ。もうちょっとしたら送って行くから、ママに話そう」

「えっ、いわなきゃダメ」

「ダメ。家族はママと二人だけだろう。なおさら言っておかなきゃ」

「う~ん」


 ナナは自分のことのように心配そうにケントの手を握った。


「はい、ケントくん、お水飲んで。それとも温かい飲み物がいい?」

「お水がいいです」

 ルナからコップを受け取った。




     【続く】






2ページ目にギガントメガ太郎さんのご厚意で『化学物質過敏症』のことが詳しく載っています。そちらもご覧ください。












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