命なき再生 (1 – 5)

消えぬ回顧

 資格無き者から『剥奪』する。

 資格有る者がそれを奪われないように。


 革命による選別を。

 選ばれしものの楽園を。

 立場無き強者の為の救済を。


 望みはそれだけ。どうか邪魔をしないでくれ。



・・・





 世界に魔獣が降り注いだあの日、人類はこれまでになく滅びに近づいた。

 それはたった四半世紀前の出来事。あの時、終末時計の針は確かに終わりを指したのだ。


 それをほんの少しだけ巻き戻したのが、人類の救世主たる始まりの魔法少女たち。

 そしてそれをサポートし、指揮した一人の人格者たる大人。


 多くの、本当に多くの人が犠牲となった。

 その屍を礎に、人類の平和は辛うじて保たれている。


 あの時の始まりの魔獣と人類との戦いは、いつしかのちに最終戦争と呼ばれ始めた。

 争い合っていた人々が手を取り合い、助け合って、文字通り人類の存亡をかけた戦い。


 そう……最後の戦い、そうなるはずだった。

 始まりの魔獣を倒したというのに、戦いは終わらなかった。

 魔獣の発生は未だ続いている。始まりを振り返る必要もない程、もはや有り触れている。

 人類も魔獣の争いはどちらも決め手に欠け、決定的な線を越えることはできていない。

 そんな時間が十年二十年と過ぎ、いつしか希望も熱狂も、人々の手を離れはじめた。


 結果として、共通の敵ができたというのに生まれたのは協調ではなく、腹の探り合い。

 最初は誰もがまっすぐで、必死で、そんなことしている余裕なんかなかったというのに。

 状況が変わったのは、戦況が膠着状態の様相を呈してきたころから。

 少なくともこの国では、人が大勢死んだのは最初だけ。外国の情勢なんか所詮は画面越しの世界。

 そして日常に、仮初の平和のようなものが見え始め、社会は表向き元通りになった。

 身の危険が減り、食糧危機も乗り越え、安心して眠れる夜が増えた。

 お偉いさんたちの緊張感も薄れて、欲が出てきたということだろう。

 特に、そういう方々は真っ先に安全になったのだから。


 命の保証。生活の保障。その先にあるのは、維持と発展の希求。

 停滞と余白を糧にして混ざる、悪意と腐敗の萌芽。見えない恐れが作る自己防衛の欲望。

 それは権力者だけに限らない。普通の人の中にだって安全と不安の狭間で鬱屈としている者はいる。

 そうしたものをもたらしているのが、私たちの戦いなのだとしたら。

 畢竟、真の平和など泡沫の夢。そういうことなのだろう。



 果たして、これが指揮官が望んだ世界なのか。


 仲間たちが作りたかった世界なのか。



 命を賭したみんなは、もういない。

 なんで私はこんな世界のために生きているのだろうか。


 ……そんなもの、意味など無い。

 実にくだらない。本当に馬鹿らしい。

 単純に、生き残っているから、というだけにすぎない。

 もっと直截的に言えば、私は死なないからだ。


 死なないし、死ねない。生かされているから、生きている。

 生きるべきか死ぬべきかを問われれば、みんなのようにさっさと死ぬべきだったのだろう。

 しかし不可能であることを考慮すれば、そんな問題も成立し得ない。


 対魔獣組織、第二部隊隊長。

『再生』の魔法を持つ、不死にして、不滅の兵器。


 かつて人類の希望と呼ばれた始まりの魔法少女。

 その最後の生き残りであり、単なる死にぞこない。




 こんな世界で戦い続ける、実にくだらない存在だ。






・・・






「……いただきます」


 早朝の隊舎の食堂。誰よりも早い時間に朝食を取る。

 私は本来、食事を必要としない。正確に言うと、補給を必要としていない。

 使ったエネルギーは『再生』するのだから。

 肉体的疲労も無いから睡眠すら要らない。


 そもそも、今の私は全てが停滞している。魔法覚醒に伴い、肉体の成長も止まった。

 見た目はもうずっと、高校生か大学生、といったまま。

 それからは決して衰えず、決して育たず、決して変わらない。

 少し進んでは巻き戻って再生される、そんな壊れたレコードのように。

 破綻した形で安定してしまっている、完成された不良品。


 私は戦場以外では、意味もなくかつての生活をなぞっている。

 毎回こうして食事を取るし、夜になると眠るふりをする。

 理由なんか何もない。ただの時間と資源の無駄遣い。


 だらだらと、灰色の世界を生き続ける。

 いつかのあの日を真似て、無為に。緩慢に。


 ああ、実にくだらないな。

 こんなもの、本当に生ける屍だ。

 ゾンビと言われても納得ではないか。




「ご馳走様」


 隊舎の食堂で食料を浪費する。実に勿体無い、贅沢な時間潰し。

 本当は不要なのに、私の食事は毎回用意されているので受け取ってゆっくりと食べ始め。

 そうしてほとんど味がしない料理を、作業のように食べ終えた。

 ここで働くお婆さんはある意味私と同期なのに、味が落ちていく一方だ。

 記憶の中のこの人の料理はもっと美味しかった。みんなで絶賛したものだった。

 あの味には、遠く及ばない。


「お粗末様。今日は隊舎詰めかい?」

「警報が鳴らない限りは、しばらく事務作業の予定」

「そうかい、鳴らないといいねぇ」

「最近少ない。凪の時期だろうから、恐らく鳴らない可能性の方が高い」

「もうあんたが戦わなくて済むと、いいんだけどねぇ……」

「必要なら行く。それだけ」

「そうかい……気を付けておくれよ」


 気を付ける、か。


 何を、気を付けるというのだろうか。

 何ものも私には、

 何も残らない、すぐに消えてしまう傷。そんなの最初から無かったも同然。

 何も気を付ける必要など、無いのではないか。





「あ、ダブルババアだ。相変わらず隊長は朝早いなぁ」


 凄まじく失礼な娘が食堂に入ってきた。

 あれでも私たちの部隊の副隊長だから、隊の風紀が乱れて困るのだが。


「だーれがババアだクソガキ」

「いや隊長はともかく、おばあちゃんは見た目からしてババアじゃん。早く後任決めて引退しなよ」

「はっ、あたしゃまだまだ若いんだよ。定年なんかクソくらえさ」

「料理する人が飯どころでクソクソいうなよって。そんで今日のメニューは?」

「炊き込みご飯、魚の煮付け、海苔、味噌汁。お残しはするんじゃないよ」

「魚かぁ、綺麗に食べるのめんどいんだよなぁ……あ、卵焼き追加で」

「しょうがないやつだねぇ。焼くから少し待ってな」


 お互い、口は悪いけど戯れているだけだ。

 別に険悪な雰囲気はないので放って置いて問題はない。

 そんな傍若無人で礼儀がなっていない少女が、近くに座る。


『障壁』の魔法少女。この第二部隊の副隊長。

 一見ふざけているように見えるけど、隊で一番の努力家。


 最初本人は『反射』の劣化だと自嘲していたが、自己研鑽を重ねて一気に成長を果たした。

 不可視にして不可侵の障壁を作り出す。防御に使うだけならただそれだけの、十分強力な魔法。

 その魔法を必死に鍛えて、自由な形で、自在に動かせるようになった。

 攻撃にも応用できるそれは、さながら不可視の矛であり、不可侵の盾。

 第三等級といわれた新人時代から今や第六等級とまでいわれている。


 はっきり言って、私も勝ち切ることが難しいほどの練度。

 実際、『障壁』の檻に捕まってしまえば私に打開できる手はあまりない。

 完成された制御力と判断力、その裏で、どれほど血の滲むような鍛錬があったのだろうか。

 そんな思いが、そんな心が、少しだけ羨ましくて眩しい。


「いっただっきまーす。うまい!」

「私はもう行く」

「いっへらっはーい」


 口に食べ物入れながら喋るんじゃない。

 本当に行儀が悪い娘だ。言っても聞かないから諦めたが。

 他の部隊であれば罰を考えることもあるのだろうが、あいにくここは私の部隊。

 別に気にしないので、問題に取り上げるつもりもない。


 もしも指揮官なら、こういう時どう対応しただろうか。

 ……どうもしなさそうだな。こういう元気な子は好きだったから。




 食堂を離れ、隊長室へ向かう。かつての、指揮官の部屋。

 昔はみんなで作戦会議にも使っていた、一人でいるには少し広い部屋。

 今の部隊は人数も多いから、ミーティングをするには狭すぎる部屋。


 対魔獣組織の建物では二番隊の隊舎が一番古い。

 前身たる魔法少女隊だった時から使われているから、あちこち老朽化している。

 傷が付いたデスクに書類を並べ、古びた椅子に座り、目を閉じてそっと深呼吸をする。




 さあ、今日もくだらない仕事を片付けていこう。

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