子獲り騙りのセドリック・ジョルダン

@fax_Aoki

第1話 子獲り騙りの復讐・前編


「〝鳥籠ジャック〟のやつめ……」

「ウォーターハウスの件だろ、あの家のご令嬢の。今までならすぐ帰ってきたのに……」


 世間は夕飯時。アパートメントの中の話を聞くともなしに聞いてしまって、屋根を行く青年は眉をしかめた。僕じゃない、と呟きながら、尖ったヒールで屋根瓦を力任せに踏み砕く。

 確かに、今、街にはひとさらいが横行している。

 屋上を行くセドリック・ジョルダンもその一人であり、人さらいの筆頭の名をほしいままにしていた。もちろん、本業ではない。乞食に身をやつして街をうろつくのが趣味だったのを、人さらいを騙るのに宗旨替えしただけの趣味人だ。

 特注の大きな檻を背負って街の暗がりを行き来し、時折これ見よがしに姿を見せる。そうすると案の定人々は震え上がって、いつしかあだ名までつけてくれていた。

 〝鳥籠ジャック〟

 悪名高い二人の〝名無しの男〟に次ぐジャックである。そこまで反応を貰えるとなると、もう、面白くてやめられなかった。

 とはいえ、実際に人を攫って売り払うなんてしていない。

 それは特に面白そうではなかったし、飼う場所も無いし、そもそもそんなことが家族にばれた日には、セドリックの祖父に血管が切れるまで怒られるだろう。それはそれで想像するに愉快だが、実際に心労をかけるつもりはない。強健な元・近衛兵とはいえ、色眼鏡を取れば総白髪のご老人だ。

 それに、と青年が思い出してにたりと笑う。好敵手ができたのも楽しみの一つだった。

 人さらいの流行と同じくして、かの探偵たちに憧れる子女がいたのだ。貴族の怖いもの知らずと裕福な子どもたちを中心に徒党を組み、彼らは自警団めいたものを作った。彼らの敵は人さらい。中でも〝鳥籠ジャック〟を目の敵にしてくれている。

 セドリックにとっても、彼らのにわか自警団は一番の……本物の警官隊以上に……遊び相手だった。わざと姿を晒しての追いかけっこは日常のこと。時には自警団の年若い構成員を攫って知恵比べめいた犯行声明の手紙を出したり……彼または彼女らは適当なところに閉じ込めたあと、探偵たちが手こずるようなら〝鳥籠ジャック〟ではなく〝セドリック・ジョルダン子爵〟として助け出し、お茶をご馳走したあとで親元まで送り届ける……したこともある。ついでに他の人さらいの所へ飛び火させて、自警団に花を持たせたこともあったか。


 この関係が今、変わりかけていた。

きっかけは、ある少女の失踪だ。少年探偵たちのマドンナであり、〝鳥籠ジャック〟としてのセドリックも高嶺の花と扱うご令嬢である。知恵比べは不得手であるが、直感的なことなら誰にも負けない閃きの持ち主だった。屋根や壁の上を走るのだって物怖じしない、ともすればこちらが心配になるような、勇敢で快活な少女である。

 その彼女が消え、〝鳥籠ジャック〟から犯行声明が届いた……というわけであるが、もちろん、それはセドリックが出したものではない。

 だからこそ、若き探偵たちが今度こそ血眼で"鳥籠ジャック"を追うかたわら、セドリックもまた寝る間を惜しんで彼女を探していたのだ。乞食に身をやつす、かつての遊びがこれほど役に立った事は無いだろう。その時代に知り合った文無しの友人たちの力も借り、セドリックは遂に人さらいの根城を突き止めることができた。


 けれど、彼は若き探偵たちを導くことを選んだ。今度こそ彼らへ本物の〝鳥籠ジャック〟から犯行表明を出し、自分も一足先に偽物〝鳥籠ジャック〟の根城へ馳せ参じていたのである。


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