第一章

第1話 初恋と夢

「楓ちゃんどうしたの? 寝不足?」


 アルバイト先の休憩室。制服に着替えたわたしは大きなあくびをしたところで店長に声をかけられ、慌てて口を閉じた。


 店長の月城亮磨さんは、茶色に染めた短髪、色素薄めの茶目が日本人離れしていてかっこいい。

 このほうじ茶をメインにした和風カフェも、彼を目当てに来るお客さんが多いくらいだ。長身でがたいがよく、カフェの店員っぽくないギャップも良いのだとか。お客さんが話しているのを聞いた。 


「いえ、懐かしい夢を見て……」

「夢?」

「小さい頃に出会った綺麗な男の子がいて……そのときの夢です」


 わたしは月城さんに男の子のことを簡単に話した。すると、彼の表情がにやりとし、からかいモードになる。


「ねえそれってさ、初恋?」

「初恋……違いますね」


 月城さんに嬉しそうに聞かれ、わたしは柊ちゃんのことを思い浮かべた。

 確かにあの男の子は綺麗で、幼いながらにどきどきした。でも「初恋」とは違う気がする。わたしの初恋はやっぱり柊ちゃんだから。


「あ、そうなんだ」


 残念そうにする店長を横目に、わたしは長い黒髪を頭の上で1つに結んだ。

 月城さんは恋バナが好きらしく、ことあるごとにわたしへ誰か好きな人がいないのか聞いて来る。


 今回、わたしから男の子の話をしたから、恋バナができると思って喜んだんだろう。


(わたしを好きになる人なんているわけないのに、恋なんて……)

 

「楓ちゃん?」

「――今日もよろしくお願いします!」


 俯いているところに声をかけられ、慌てて月城さんにお辞儀をした。


「うん、今日も夏休みで忙しくなると思うけどよろしくね」


 人懐っこい笑顔でガッツポーズが返ってきて、ホッとする。

 月城さんとはここができたときからの付き合いだ。高校一年生だったわたしはオープニングバイトで採用され、大変お世話になっている。


 いつもは学校帰りに週二回ここでアルバイトをしているが、今は夏休みのため昼間からシフトに入っている。家にいたくないわたしは、シフトに多く入れてもらえて助かっている。


 このカフェは人気で、八月に入って暑い日が続くというのに、外で待つお客さんでいっぱいだ。


「よし」


 レトロで可愛いワンピースに白いエプロン。日ノ宮と書かれたネームバッジを左胸に付けると、わたしはお店の入り口を開ける。


「お待たせいたしました! それではご案内いたします」


 わたしが声をかけると、涼しい店内へとお客さんが次々に入る。みんな笑顔だ。

 中は小さなカウンター席と、テーブル席がいくつかある。

 こじんまりとした店内はすぐ満席になった。


(うん、ここの雰囲気好きだな)


 それからひっきりなしにお客さんがやって来て、わたしは目まぐるしく働いた。


 ここはほうじ茶がメインのカフェで、色んな種類のほうじ茶に、それらを使ったスイーツまである。

 見た目も可愛らしく、女性に人気があるのは月城さんがいるからだけではない。


「お待たせいたしました。ほうじ茶ベイクドチーズケーキのドリンクセットです」


 厨房スタッフは二人、フロアは月城さんとわたしで回している。他にもスタッフはいるらしいけど、わたしがシフトに入る日は必ず月城さんがペアになっている。


 ここに来れば、嫌なことを忘れられる。唯一呼吸ができる場所だ。


「いやー、やっぱり楓ちゃんがいてくれると助かるな。このままうちで正社員にならない?」


 デシャップで合流した月城さんがにこやかに言う。それが社交辞令でも嬉しい。


(本当にここでずっと働けたらいいのに)


 そんなことを思いながら、今日も終わっていった。


「お疲れ様。暗くなる前に帰宅してね」


 お客さんもかなり引き、店内はまばらだ。わたしは上り時間になったため、ロッカーへ行き着替えた。


 夏は日が長いため、十八時でもまだ明るい。


「鬼にさらわれないようにね」


 店先で見送ってくれた月城さんが冗談っぽく言った。


「……はい」


 わたしは会釈をすると、家に向かって歩き始めた。


(びっくりした。月城さんは迷信のことを言ってるんだよね?)


 この国には、不可解な出来事は全て鬼のせいだという迷信が残っている。

 しかしそれは、一般、、の人たちでの話だ。

 実際に鬼は存在していた。――はるか昔に。

 その鬼が残したといわれる瘴気が人を蝕む。瘴気は邪鬼となり人を乗っ取ることもあり、悪鬼へと変わる。そしてその存在は人を襲う。


 日ノ宮はそういった現象を解決する解呪師を生業にしていた。


「あれ、きみ……」


 わたしの目の前に青緑色の火の玉がふよふよと現れた。鬼火だ。

 日が暮れると現れ、バイト帰りのわたしを守るように周りを漂う。

 アルバイトを始めた日から突然現れた、不思議な存在だ。


「きっと良い鬼だっていたんだよね」


 鬼の一族は昔、日ノ宮に滅ぼされたと伝えられている。その鬼たちが残した呪詛だけがいまだこの地に残り、瘴気で人を苦しめていると。

 鬼の一族は人間と同じ姿ながら、綺麗な金髪に碧眼、この世の者とは思えない美しい風貌だったとか。


(あの子は鬼だったのかな? まさかね……)


 わたしはいまだ夢に出てくる十年前に出会った男の子を思い出して、首を振った。


(鬼の一族が存在するはずない。この鬼火も呪詛から生まれているのかも)


 それでも、嫌な気配なんてしない鬼火はなんだか可愛らしくて、心が和む。

 一人ぼっちのわたしに寄り添ってくれているようだ。


「帰ろうか」


 もちろん会話なんてできないけど、鬼火はわたしの後をいつものようについてきた。

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