転生ワンコ~人気アイドルだった俺がワンコに転生?!しょうがねぇ、このまま天下を取ってやる!

奈那美

第1話

 「ルーレット──Go!」

かけ声とともにつきだされた三つのこぶしが、中央で一つに重なる。

「よし!思いきり暴れてやろーぜ」

「もちろん!」

「暴れるのはいいけど、音だけは外すなよ!」

 

 「任せろ!」

「それって、絶対外さないってこと?それとも外すの確定ってやつぅ?」

「前者に決まってんだろ!」

「あはは」

 

 今日は俺たちダンス&ヴォーカルユニット『ルーレット』の初のホールコンサートの日だ。

≪人気急上昇中のイケメン☆アイドル≫

そんなキャプションが俺たちを特集した雑誌の表紙を飾る。

小さいけれどホールでのソロ・コンサート──緊張していないと言ったら嘘になる。


 広場や路上でのパフォーマンスから始めて、小さなライブハウスから声がかかって徐々に人気が上がっていってという……よくある?かどうかはわからないが、絵に描いたようなサクセスストーリーってやつだ。

 

 メンバーは三人。

まずはリーダーのタツヤ。

本名は本城達也。

二十二歳。

身長百七十五センチ・体重六十五キログラム。

黒髪で短髪、涼しげな目元。

真面目で世話好き。

リーダーはこうあってほしいという理想が具現化した感じかな。

 

 つぎにハヤト。

本名は松岡隼人。

十九歳。

身長百七十センチ・体重五十八キログラム。

ふわふわした茶色がかった髪と長いまつげにふちどられた大きな目。

人懐っこくて好奇心旺盛。

……まるで子犬だよな。

 

 そして俺、リョウ。

本名は立花良。

二十歳。

身長百八十五センチ・体重七十三キログラム。

切れ長の鋭い眼と背中にかかる銀髪。

おそらくは誰が見てもイケメンと称してくれる……だろう。

性格は自分では温厚だと思っているが、ハヤトに言わせるとかなりキツイらしい。

 

 舞台の袖からまだ薄明るい客席を覗く。

すべての客席がうまっているようだ……空席はひとつも見当たらない。

舞台の上の、それぞれの立ち位置に移動して開演を待つ。

カッカッカッカッ──ギュィーン……

ドラムスティックがリズムを刻む音に続いてエレキギターの音がかぶさる。

 

 エイトビートの軽快でメロディアスなメロディが流れる。

音に合わせて、ゆっくりと幕があがっていく。

客席も舞台も、まだ真っ暗だ。

「キャー!」

「リョウー!素敵ぃ」

「ハヤトくーん」

「タツヤー!」

 

 黄色い女たちの歓声の中に野太い男の掛け声も交じっている。

女性のファンが多いのは当然として、男性にも人気があるのが俺たちルーレットだ。

流れているイントロ……俺たちのデビュー曲『ルーレット』だ。

今日のフロントはタツヤ──いつもとは違うけれど、今日は特別だからリーダーがメインヴォーカルとして中央に立つ。

舞台を天井からのライトが照らす。

 

 イントロが終わり、歌とダンスが始まろうとしたその時──

プゥイッ! プゥイッ! プゥイッ!

鋭い警告音が客席のあちこちで聞こえた。

[]

 

 アナウンスが聞こえたと同時に、大きな揺れがセンターホールを襲った。

さっきまでの歓声が悲鳴に変わる。

俺たちはその場にしゃがんで低い体制を取る。

会場ではその場にしゃがみこむ者もいるが、外に逃げようと扉に向かう者もいるようだ。

 

 揺れは、すぐに治まった。

実質揺れたのは、一秒足らずだったかもしれない。

観客たちは互いに顔を見合わせ「怖かった」「地震、やだなぁ」などと言いなががら自席へ戻った。

「なんだか、水を差されたな」

タツヤがぽつりと言った。

 

 「まあ、こんなアクシデントがあると忘れられないコンサートになるってば」

「そう、だろうけどね」

会場アナウンスが入る。

さっきの地震は震度三だという。

そして、このままコンサートは続行すると告げていた。

 

 観客席の照明が再度落とされる。

代わりに暗かった舞台に照明がつく。

俺たちがスタンバイしたことを確認して、バンドがイントロを演奏し始める。

会場が歓声で埋めつくされる。

幕が開いた状態で演奏開始というのは間が抜けた気がしないでもないが、仕方がない。

 

 「きゃぁぁぁ!危ない!よけて!!」

突然、叫び声が聞こえた。

バンドの演奏と歓声の騒音の中で、その声ははっきりと聞こえた。

なんのことだ?

誰に向かって言ってる?

というか、よけて?何から?

 

 その直後、バリバリバリ!という大きな音がした。

何の音だ?

そう思って天井を見上げたその瞬間、ガチャガチャという耳障りな音とともに天井の舞台照明が俺たちに向かって落ちてきた。

ヤバイ!

機材が激しい音とともに舞台に覆いかぶさり──俺は意識を失った

 

 ──ふわふわした浮遊感。

プールに浮いているような、そんな感覚がした。

(……え?俺は、いったい?)

意識を失う前の記憶が突然蘇る。

耳障りな音とともに俺たちの上に落ちてきた照明機材!

 

 「うわぁっ」

思わず叫び声をあげた俺の目に飛び込んできたものは、真っ白い天井……ではなかった。

白は白だけど、何もない白い空間。

 

 「あ、目が覚めました?」

鈴を転がすような声が聞こえた。

声だけで、姿は見えない。

姿どころか、周囲には何もないようだ。

 

 「ようこそ、いらっしゃい。リョウ」

「はぁ?誰だよ、俺の名前を呼ぶやつ?っていうか、いつ、だれが名前呼び捨てでいいって許可したよ?」

舞台上の俺へ、なら許すが対面で他人に呼び捨てにされるのは我慢ならねぇ。

「そんなに怒らないでほしいのですわ。名前を呼び捨てにしたのはですね、あなたが『リョウさん』と呼べる存在ではなくなったから、ですわ」

 

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