第3話 終わりの始まり
「佐々木のじっちゃん、オラこのダンジョンを塞ごうと思っちょるたい。」
唐突に言い出した喜八郎に皆の視線が集まる。その喜八郎の表情は、ふざけてもなく至って真剣で、覚悟を決めた男の表情がそこにはあった。ここにいるものは宿命とも言える大門家の歴史と、この原初のダンジョンとの壮絶な戦いの記録を知っている。それ故に誰も口を開けぬのである。
「すまんのぅ喜八郎。お前たちには呪縛とも言える、とてつもない任務につかせていると思っている。じゃっけど...」
約200年にも及ぶ守り神人と呼ばれ、この原初のダンジョンとの呪縛とも言える長い歴史の中でも幾度と無くそれは試されて来たのである。しかしいかな結界でダンジョンを塞ごうともことごとく失敗してきたのである。
~~~~~~・~~~~~
_____15年前
近代技術とこれまでに紡がれてきた最高の結界によって一時はダンジョンの閉鎖に成功したと思われた時があった・・・
__しかし結界により吹き溜まった高濃度の魔素は、近代技術による鋼鉄の壁と結界を突破し火山の様に噴出した。
ー百鬼夜行発生ー
原初のダンジョン最奥の奈落は、噴出した高濃度の魔素と共に魔物の群れを吐き出した。それはもう壮絶としか語りようの無い。人知れず日本の歴史にも残せない終焉の危機が到来していたのである。
この百鬼夜行にて多くの犠牲者が出た。当時の七代目当主でもあり喜八郎の父、龍七郎をはじめ、そしてダンジョンの最前線に城を構える大門一家衆。六代目隠居、虎六太、そして喜八郎の母、大門早苗。大門一家総力を上げて死力を尽くし、その命に変えて百鬼夜行の現世の進行を食い止めたのである。
当時の喜八郎はまだ三歳で、恐怖で震えていた。それを喜八郎の母、早苗の命令で麻耶が安全な所に島民と共に避難させていたのである。最後の砦として皆を守ったのが今もなお生きる五代目隠居、大門大五郎である。現在78歳。
大門家には掟に等しい優先事項が二つある。
一つ、原初のダンジョンの見張り役。
二つ、二十歳になれば子孫を誕生させる。
そう大門の血を絶やさぬためにも血脈の継承は最優先事項だ。
そして二十歳になると共に その代の守り神人となる。これでお分かりだろうが、当主の期間は何もなければ自ずと20年になるのだ。もちろんその中には20年の任期を全うできずに命を落とす者も居る。そうなっても隠居守り神人で補えるように二十歳で子孫を残すのは当主となる最優先事項なのだ。
喜八郎の様に十八で当主となる異例もある。喜八郎を守り神人として鍛え上げたのは大門一家衆と五代目隠居、大五郎がその技と力を絶えることなく厳しく継承させたのである。
~母との最後の記憶~
「麻耶!早く喜八郎を連れて安全な所に逃げなさい!これは命令よ。大門の血を絶やしてはなりません。」
大門早苗、日本全国より選りすぐりの結界師の1人で喜八郎の母。その使命は一つ、大門の血脈を紡ぐこと。二つ、万が一原初のダンジョンより溢れ出た魔物を防ぎ切る事。その重責を聞かされて尚、自身より志願して大門家に嫁いだ、強く美しい女性。___この日本の未来の為。
「聞きなさい喜八郎。母の最後の言葉です。あなたは大門家当主、八代目守り神人。____必ず生き延びなさい。_____あなたの母になれた事が_____私の誇りです。」
__もりびと、
喜八郎の頭を撫で、最後に微笑みながら、そう呟いて押し寄せる魔物の群れへと立ち塞がった。
この島で暮らすもの達の口癖であり。念仏のように呟かれる言葉。
~~~~~~・~~~~~
「もうたくさんなんじゃ~!あげんな思いは・・・オラの子供にはさせたくない。」
「・・・・・」
当時三歳の喜八郎の心の奥深くに焼き付いて決して消えぬ記憶。今でも夢にうなされる事も度々あるという。恐ろしくも___母との最期の儚い記憶・・・
「佐々木のじっちゃん、ちょうどええ、見届けてくれ。オラがこの呪縛を断ち切る!」
「しかし喜八郎どうやって・・・」
喜八郎は真剣な眼差しで前方にそびえ立つ原初のダンジョンの横にある岩山を指さす。直径200m高さ100mはあろうかという、二度の百鬼夜行でも崩れることなくそびえ立つ屈強な岩山。
「フェン丸、【
例のごとくフェン丸の口から吐き出される【夢幻刀】をしかと受け取ると喜八郎は静かに岩山へと歩を進める。
【夢幻刀】:その大きさを使い手の意思に寄り変幻自在に変え時空をも切り裂くと言われる伝説の武器。
岩山のすぐ前に来た喜八郎に導かれる様についてきた皆はその岩山の大きさを改めて確認する。
「実に堅固で雄大な岩山じゃな。してこれをどうするのじゃ?」
「この喜八郎、一世一代の大勝負。___見届けてくれ。」
何が始まるのかと皆が固唾を飲んで見守る。
__【鬼門解放】
「「__なっ!」」
その瞬間、喜八郎の両腕に嵌められていた数珠が弾け飛ぶ。
グググと喜八郎の体が膨張していく。それは抑え込まれた力が膨れ上がる様に・・・
__もりびと、
幼き時より高濃度の魔素を体に取り入れ、脈々と受け継がれるその血は、もはや人の域を逸脱していたのである。
そこにはまさに鬼神とよぶに相応しい姿があった。もとの三倍ほどになったその体は紅潮しており湯気を体全体から発していた。
【鬼門解放】とは大門家により代々受け継がれる血縁継承スキルの最奥義である。
『こうなった喜八郎は、誰にも止められぬ。喜八郎その状態で長く居ると人にもどれなくなるぞ』
フェン丸の言葉に皆の顔が引きつる・・・
深紅の瞳となった喜八郎はクワッと岩山を睨みつける。
「__応!」
その掛け声音と共に【夢幻刀】がぎゅんと大きくなっていく。
「まさか・・・」
夢幻刀を水平に後ろに引き絞り岩山を横薙ぎにする。
「___うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
ズパーーーーーーーン
凄まじい衝撃波と共に地面から切り離された岩山が浮かび上がる。
次の瞬間夢幻刀を放り投げた喜八郎が素早く下に潜り込み、なんとその巨大な岩山を抱え上げたのである。
ズシーン。ズシーン。・・・
岩山を担ぎ上げ一歩一歩と進む喜八郎。その食いしばる口からは血が溢れ出し、抱え上げる腕の血管から、足から__一歩、歩むたびに血が噴き出していた。
しかしその眼は一点を睨みつけひたすらに進む。
「___命を懸けるか喜八郎・・・・」
ずっと喜八郎は考えて来ていた。この呪縛を断ち切る方法を。
喜八郎が睨みつけ、岩山を担ぎ上げながら歩む先にあるのは・・・原初のダンジョン。
喜八郎の歩む後にはおびただしい流血の後が、その覚悟を、壮絶なまでの呪縛を断ち切るという意思の強さを物語っていた。
とうとう原初のダンジョンまで岩山を担ぎ上げて来た喜八郎。
最後の力を振り絞り、放り投げた岩山はわずかに頭上に浮いただけで、力尽き膝をつく喜八郎。
大門の血と原初のダンジョン。そして岩山と共にこの地に眠ろうというのか喜八郎・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます