24 フランチェスコ

 作者として言われていちばん嬉しいことを言われてしまった。


「こんな気持ち初めてだ。物語を読んでこんなに心震えるなんて」


「続きを書くには条件があります」


「まあそうなるのだろうな」


 好きな物語の続きのためならたいていの条件が飲めるのは田中信行が体験し続けたことだ。どうしてライトノベルというものはすぐ打ち切りにされてしまうのだろう。昔は電●文庫で賞を獲れば三冊は間違いないと言われていたが、最近のライトノベルはすぐ終わってしまう。


 田中信行は大好きなライトノベルが打ち切りの憂き目に遭うたびに、続きはねえのかよ!!!! とのたうち回っていたので、オラーツィオ・アウルムがたいていの条件を飲むであろうことは想像していた。


「まずこのアガット国の独立と、アガット国とアウルム王国の恒久的な和平を求めます」


「それは俺には決められないのだ」


「未来の王たる第一王子が?」


「あくまで未来の王だからな。王ではない」


「では王陛下に奏上してはいただけませんか」


「父上はあの物語を読んではいない。俺が一人でコッソリ読んで感動しただけだ」


「演劇にして上演する話はどうなったのです。王陛下もそれならご覧になるでしょうに」


「俺の父上は芝居が嫌いなのだ」

 詰んどるやないかい。


「もしこの条件を飲んでくださらないなら書きませんよ、わたしは」


「そうなったら国の腕利きの詩人を集めるだけだ」

 いやそれは二次創作! 同人誌! 金瓶梅!


「詩人を集めて続きを書かせることもできるかもしれませんが、著者が書いたものだからこそ価値があるとは思いませんか?」


「……言われてみれば確かに。しかしそのような大きな条件を俺の独断で飲むわけにはいかぬのだ」

 こうしてみるとただのめんどくさい男だな、オラーツィオ・アウルム。


「じゃあ御父上に読ませて許可を得て出直してください。そうでなければ書きませんよ」


「くそ、足元を見やがって」

 オラーツィオ・アウルムに悪態をつかせることに成功したので、ちょっと嬉しくなる。小躍りしたいまである。


 オラーツィオ・アウルムはどうやら父親に頭が上がらないらしい。まあ王子様なんてそんなもんであろう。王の血を引き、未来では国を治める王となるのだから、自分の上にいる王に頭が上がらないのは当然のことだと思う。


 とにかく独立と恒久的な和平を叶えてもらえないなら書かない、と宣言したところ、オラーツィオ・アウルムはしぶぅい顔をして帰っていった。


 オラーツィオ・アウルムが帰ったあと、祐筆を呼んでルビ国とシュタール国への手紙を書かせた。アウルム王国に独立と和平を求めるならいまだ、と。


 そりゃ国民感情というものもあるかもしれない、しかしいつまでも戦争をしていたら海の向こうから異民族が押し寄せてくるという設定で田中信行は「アウルム王国列王記」を書いていた。


 確か「アウルム王国列王記」の中では、属州となった三カ国からも兵を出して、海の向こうから押し寄せるスキュラ連邦と戦うはずだ。


 いまからできることはやっておくべきだ。


 ただ搾取されるだけの関係でなく、同等の立場に立たねば意味がないのだ。


 すぐにルビ国から返事がきた。ルビ国はまだアウルム王国とにらみ合いを続けており、和平を結べるものなら結びたいが国民感情が追いつかない、とのことだった。


 シュタール国からもほぼ同じ内容の手紙がきた。


 きっとアガット国の民も、アウルム王国への恨みを持っていることだろう。


 なんとかしなくては。大陸中が一致団結するきっかけ、起爆剤が必要だ。


 うんうん唸っているとシャルルが執務室のドアをノックした。


「開いていますよ」


「では失礼して。和平を結ぶふりをして返り討ちにする件ですが」


「……はい?」


「えっ? アスト姫様はオラーツィオ・アウルム及びアウルム王家を、返り討ちにして全滅させるおつもりだったのでは?」


「とんでもない、和平を結んで恒久的世界平和を実現するつもりでした」


「それは不可能というものです、アスト姫様」

 シャルルはひとしきり、世界平和というのがいかに不可能なものかを語った。


 それくらい田中信行だったころに、中東とかウクライナについてのニュースを毎日見ていたので、分かりきっていることである。


 でも、ここは田中信行の考えた異世界なのだ。

 異世界でくらい世界平和を成し遂げたいではないか。


 それとも、オラーツィオ・アウルムを戦乱の英雄として描いたことで、この世界に平和というものはなくなってしまったのか。


「……アスト姫様? 聞いておられますか?」


「あ、ご、ごめんなさい」


「大丈夫です、もう一度最初から言いますので」

 シャルルに長々と説教をされた。シャルルは司祭だから文字通りの説教だ。


 確かに和平を結んで世界平和! というのは難しいとは思う。

 でもフィクションの中でくらい、それを叶えたいではないか。


 シャルルはの●太くんのパパみたいな長いお説教のあと、改めて切り出した。


「オラーツィオ・アウルムは敵です」

 そうなのだろうか。


 分からないがきっとそうなのだろう。アガット国を滅ぼそうとしたのだし。


 でも殺してしまうのはもったいない気がする。少なくとも有能な政治家であるのは確かだ。


 物語を読みたがっている読者を敵とは思えない、しかしXで知り合った女子大生が書籍化作家になりいつのまにやら人気作家となって周りからお神輿されるようになったとき、田中信行はその女子大生をブロックし名前をミュートワードに設定した。

 まああの女子大生は自分の小説を読んでくれたわけではないのだが……。


 とにかくアウルム王国は敵で、和平を結ぶ、と周りに言っていたのは「和平を結ぶふりをして返り討ちにする」つもりだと思われていたらしい。

 アイ●ズ・ウール・ゴウンの気持ちがたいへんよく分かった。「みなに分かるよう説明せよ」を省くとこうなるのである。


 もしこの世界が100パーセント自分で作ったものであるのなら、すべて田中信行の頭の中にあるのなら、田中信行の思うように動くのではないか。


 田中信行は泣いた。アストリッド・アガットは泣いた。


 Web作家としての自分の才能のなさにボロッボロ泣いた。国家を取り扱うものとしての才能のなさにボロッボロ泣いた。


 泣いているとメイド長が慌ててやってきた。


「あの! アスト姫様! アウルム王国から人質にしている子供が、きゅうにひきつけを起こしました!」


「いま行きます、ズズッ」

 洟をすすりながら、わたしは離れに向かう。


 ◇◇◇◇


 子供はベッドに寝かされている。


 先ほど突然身体をひきつけさせて泡を噴いたのだという。

 なんだっけ、子供はこういう症状が出ることがあるって耳鼻科の院内に貼られていたポスターで見たな。

 なんせ田中信行が子供とは無縁の経済的弱者だったのでよく覚えていない。


 果たしてこの国の医療で、安心できる結果は得られるものなのだろうか。

 どういう薬を用いるのかも知らないし、そもそも治療が必要なのかも分からない。


 医者がやってきてあちこち診察をして、薬を置いていった。


 心配して子供を見ていると、子供はぱちっと目を開けた。


「あねうえ」

 どこまでも青い瞳。


「姉はここにおりますよ」


「あねうえ、父上と姉上が、仲良くお菓子を食べている夢を見ました」

 子供はとつとつと、見た夢の内容を語った。


「姉上の書いてくれた物語を聞いて、きっと父上がこのアガット国を大事にしてくれるんだろうな、と思いました」


「そうですか」


「はい。だから、姉上にはずっと健やかでいてほしいのです」


「……?」


「死んでしまうと思います」


「なにを言っているのですか。子供がひきつけを起こすなんてよくあることです。大丈夫。あなたは大丈夫ですよ」


「フランチェスコ」


「?」


「名前を教えるな、と父上は言いました。でも姉上には教えたいのです。フランチェスコと申します」


「フランチェスコ……フランチェスコ。あなたは人質なのです、死んではなりません!」

 フランチェスコは、その晩ふっと息を引き取った。


 ◇◇◇◇


 まずいことになった。

 人質が病死したことなんていつまでも隠し通せることじゃない。


 そしてバレたら確実にこちらから差し出した人質は殺され、国民感情は悪化し、戦争へと世の中は一気に傾く。


 和平を結んではどうか、という手紙の一件でルビ国やシュタール国にも怪しまれている、援軍がなければアウルム王国に立ち向かう余裕などないのではないか。


 やはりオラーツィオ・アウルムをやっちまうしかないらしい。

 アストリッド・アガットは身震いした。

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