第25話 ゴレイゴの街へ
「やっぱり、武器は身につけた方がいいかもしれませんね」
突然イズミが立ち止まって言い出した。どうにもアールヒルドが手ぶらで歩いていることが気になって仕方がない様子だ。
「何か取って来ます!」
彼女は塔を展開すると、ノアールを抱え、唖然とする一行を置いて塔の中に入っていった。
「うちの息子、塔に毎回連れ去られてるな」
「イズミの精神安定に良いのでしょう」
アルゴーと白フクロウが指摘する。イズミが塔の中で何かに夢中になって時間を忘れるのが目に見えている以上、ノアールが目付け役として塔に向かうのは、有意義なことのように思えた。
「吾輩、まだ色々と慣れないので聞かせていただきたいのだが、この塔はどっから出て来たんですかな」
「あれはイズミのローブが変形したものらしい。わしゃようわからん。ただ、お前さんのための武器を探してくるつもりなんじゃろ。待っていればええわい」
尋ねたアールヒルドに、アルゴーが匙を投げたような返事をした。
一方、塔に入って行った一人と一頭は、既に迷子になっていた。正確には、イズミがいつでも外に出られると主張しているので、迷子ではないのだろうが、もう元の入り口には到達できない状態である。イズミが無数の扉を召喚して、気分だけで奥へ奥へと入っていくからだ。
「あのぉ——うちのお父様のコレクションとか、どこにしまってあるんですか?」
「あれはねー。こっちー」
いつの間にか、新たにドアが出現して、イズミはふらふらと中に入っていく。ノアールも慌ててそれを追う。これを数度繰り返すだけで、もう元の部屋に戻れなくなった。
塔に入ると、イズミは途端に子供っぽくなる。ノアールにはそう思えた。
飛び込んだ部屋に、自動的に灯りが点った。その光を反射して、黄金色の小山が眩く輝いた。
「ここに、魔法の武器とかがありますでしょうか」
ノアールの質問に、イズミは首を傾げた。
「ここにあるのはアルゴーさんのコレクションですから、勝手に使ったりはしませんよ。お預かりしているものですから。ただ、全部黄金なんで、アールヒルドさんが使うには、ちょっとヤワかなぁ。もっと強力な奴がいいですよねー」
「あと大きさですよね」
「大きさ、あの体格とすれば、大きい方が良さそうですものねぇ」
そこでイズミが何か気付いた様子を見せた。指先で空中に何か図形を描くと、さらに新しいドアが出現した。
「大物となると、この部屋に突っ込んであるものかなぁ。アールヒルドさん、どのくらい人間離れしていると思いますか?」
「僕にはちょっとよくわからないんですが、イズミさん、彼の方と直接面識があったんですよね」
「ええ。昔の話ですけどね」
「その頃の様子だとどんな感じだったんですか?」
「これくらいは振り回せる感じでしたね」
イズミが指差した先には、大人が後ろに隠れてしまえるほどの、真っ黒い金属の板が横たわっていた。長さも幅も厚みも常識はずれな代物だ。
「これ、〈
「でかくて重くてかっこいい! ので、たぶん大丈夫だと思います」
「あー。そう言って下さると嬉しいです。で、あとは防具ですけど、あの人のサイズはないですねぇ——」
「アールヒルドさん、聖騎士の剣はこちらでよろしいでしょうか?」
魔法で宙に浮かせながら塔から持ち出された剣を見て、塔の外で待っていた一行は、至極冷静な言葉を放った。
「鉄塊だの」
「鉄塊ですね」
「鉄塊だな」
だが、アールヒルドは、鉄塊としてしか見えない剣を見て驚いた顔を見せた。
「お嬢様、それはまさか
大興奮しているアールヒルドに、無造作に渡す。柄を握ると、筋肉が倍ほどに膨れ上がった。
「おお、軽い! そして吾輩が過去に持った、いずれの剣よりもしっくり来ますなッ!」
巨大な剣を軽々と頭上まで持ち上げると、アールヒルドはぶんぶんと風切り音を立てながら、それを振り回した。
「巨人用の
「あれ、人間が片手で扱える重さじゃないじゃろうに」
「慣性制御の魔法が掛けられてるみたいですよ。それでもあのサイズだとアールヒルドさんしか扱えそうにありませんね。私が拾った時には
「巨人族はもう滅んでいるのかのう」
「ええ。おそらく。遺品の一つということになるのかもしれません。昔は苦労させられましたけど、そうなると寂しいですね」
塔を回収した後で、
〈
視界には小さく家畜の姿も見える。共有地として牧場になっているのだろう。
「あれは牛ですか」
「はい。牛ですね」
ノアールは実物の牛を見るのが初めてのようだ。
「ああ、それにしてもいい天気ですね」
まだ朝の空気で、日差しも厳しくない。旅をするのには最も良い季節だろう。
「それにしても人がいないですね。昔はこの時間には何人もの旅人とすれ違ったものですが」
「橋が落ちたのが大きいのだろうな」
「そうですね。でも、何かそれだけじゃないような気もするんですよね。どっちにしろ聞き込みをしてみないと方針も決められません。アールヒルドさんの防具が仕上がるまでは、滞在しないといけませんから。じっくり取り組みましょう」
イズミの言葉に、アルゴーが何かを気にしている。どうしたのかとイズミが訊くと、面倒くさそうな顔をして、アルゴーが尋ねた。
「そういや、また領主とかに顔を見せたりせにゃならんのか?」
「いえ、ここは伯爵領の一番西にあたる商業都市で、商業ギルドが自治権を持っている都市ですし、わざわざ挨拶に行く必要もありません。税を払えば立ち入りも自由ですよ。私も商業ギルドのギルド章を持っていますし」
アルゴーの質問にイズミが答えた。さらに彼女は補足していく。
「この近隣はビボト伯爵領といいまして、古くからの貴族の領地です。伯爵領の首都はベルゼラといって、もっと南東にあります。通常ビボト伯爵はそちらに滞在されています。ゴレイゴの街を起点として、大陸を西に向けて横断する街道が始まっているんです」
二本の街道はゴレイゴの街の西門のすぐ目の前で分岐し、一本は一党が歩いている
なお、反対側の街門も分岐しており、一本は王都へ、もう一本はベルゼラに通じているという。
「ええと、あの街に入る時に、私がちょっと対応しますが、たぶん旅に出ていた隠居したオーナーが帰ってきたぞ! みたいな反応されると思うんですよ。あまり気にしないでいただきたいんですが」
「まぁ、そんなことじゃろうとは思っておったわ」
先刻〈商業ギルド〉の名が出た時に、アルゴーの片眉がぴくりと上がっていたのは、イズミも気づいていた。
「イズミがオーナーの時代に荒稼ぎしたってアレじゃろ」
「荒稼ぎじゃないですって!」
「自分で荒稼ぎって言ってましたよね——」
ノアールが突っ込んで、皆が笑った。
さらにゴレイゴの街に近づいていくと、アルゴーとノアールが不審そうな顔をし始めた。
「あの、イズミさん、あの街の中から、やたらと魔素が強い気配がするんですけど――」
「ノアールが言うとおりだ。しかもイズミ、お前の匂いがするぞ」
イズミが、あちゃーという顔をした。おそらくベルトの街から魔素の染み込んだ
(つづく)
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【著者より】
一度仲間達の装備を整えるために、商業都市に立ち寄ることにしました。イズミは最強かつ万能なんですが、それは長年生きているからですね。年表を確認すると、読み取れるようになっているかもです。まぁ読み取らなくても大丈夫ですが。
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