廃神綺譚
遠蛮長恨歌
第1話 終わりとはじまり/終わりの始まり
宇宙は死滅し、終焉を迎えた。
そして虚無の中をたゆたった残滓は、ふたたび次の宇宙を開始させる。
新たな世界の始まりには、原初の混沌の海だけがあった。
数千年、数億年の歳月の後、「海」は漆黒の卵を産み落とす。
しかしこの卵はその後数億年を経ても、なかなか孵ることがなかった。
さらに幾星霜。
今度は黄金に輝く卵を、「海」は産み落とす。
この卵は順調にすくすくと成長し、孵ると一柱の女神となった。
美しき緑の黒髪と豊満な肢体を持つ女神は創世の女神ニンマハ。
彼女は天地の主宰者として生まれつき「天剣アン」と「地杖キ」を持ち、
創世神としてふさわしい、絶無の神力を具えていた。
ニンマハはまず、自らの似姿を作った。
女神カーラカー。光の女神ニンマハが最初に生み出したのは、夜と闇の女神であり、時をつかさどる女神だった。
忠良なるカーラカーとともに、ニンマハは世界を創造していく。
ニンマハとカーラカーはあらゆるものを創った。
天地(あめつち)を分かち、天には月と太陽と星を配した。
地には草木と山川を創り、大気を創り、鳥獣と鱗虫を創った。
そして、地上の長としてあまたの天使をも創った。
このときまで世界は完璧を保ったが、
世界が賑わいを見せるにつれ、ニンマハより以前に生まれながら生まれることのできなかった存在、
即ち闇の卵が、ついに割れて二柱を生む。
二柱の兄は闇と魔をつかさどる魔王ギンヌンガァプであり、
弟は死の領域をつかさどる死獄王だった。
魔王は天使たちを誘惑し、そそのかし、堕落させて「人間」にした。
完全な存在であったはずの天使は堕落したことで完全性と天の光輝を失い、世界に失誤を撒く。
こうして世界は完全な安定から、活発な混迷の時代に移る。
天使は無限の命を持っていたが、人間になってたやすく死ぬようになった。
死んだ人間の魂を管理するのが死獄王である。彼は自らの領域に死者の魂を集め、
死者に生前の罪業に応じた労役を課し、魂を浄化してふたたび地上に戻す、
輪廻のシステムを創った。
死獄王は権勢欲や野心というものを持たなかったが、
魔王はあくなき欲と野望の塊だった。
彼はすべてを持ち、満たされた存在であり、彼にとっては自分より先に生まれた姉であると同時に卵として生まれたのは自分より後の妹でもあるニンマハに、
攻撃を仕掛けた。
これが神魔の争いの端緒である。
魔王は堕落させた天使のうち人間にはならず魔に染まった連中――魔族を眷属として率い、
ニンマハの居ます天界トゥルクティアに進行する。
迎え撃つニンマハとカーラカー、そして堕落を免れた原初の天使は
天の東、沃野の平原で魔軍と対峙して、これを退ける。
ニンマハの極大奥義「アイン・ソフ(無限空)」とカーラカーの「マハー・カーラ(大暗黒)」の威力は圧倒的であり、
闇の宰、魔王ギンヌンガァプといえどもなすすべはなかった。
かくて最初の神魔の激突は女神の勝利で終わる。
が、神魔の激突に巻き込まれた人々が死獄を満たすほどになり、
彼らの苦役と怨嗟の声が天まで届くようになると、カーラカーは自ら死獄に出向く。
そして死獄王に嫁ぎ、死獄の女王として人々に救いを与えた。
死獄王は美しく慈しみ深いカーラカーを愛したが、
死獄の空気は命あるものにとって魂を刺す死の極寒。
カーラカーは病を得て、そのまま帰らぬ人となる。
死獄王は悲しんだが、それ以上にニンマハの悲嘆たるやいかばかりか。
泣き崩れたニンマハはカーラカー一人に多大な負担を強いたことを悔い、後悔し、反省した。
次にニンマハは新たな陪神を生み出すこととしたが、
それはカーラカーのような「1人でニンマハに匹敵する分身」ではなく「ニンマハの力を分掌する七柱の女神」であった。
新たに生まれた七女神は時と文明と農耕と炎の女神タマシラ、美と愛と癒しと水の女神アプロス、
虚偽の女神にして娼婦と踊り子の女神、闇の女神ゴルダーフィード、法と正義の女神にして雷の女神ユースティア、
運命の女神にして氷の女神イズン、力と戦の女神にして獣の王、大地の女神エディゲ、
そして詩と言葉の目神ヴァーチュである。
彼女ら七柱の女神はカーラカーのような絶大な力を持つものではないが、
強固な信頼感とチームワークで魔界の軍勢を退け続けた。
毎回敗れては殺される魔王ギンヌンガァプは
何百回目かの死に際して、女神たちに呪いをかける。
「定命の呪い」。魔王と互角以上のニンマハには効果を及ぼさないが、
それ以下の女神たちや天使たちには十分の効果を持つ呪いだった。
その効果は女神や天使の無限の命を奪い、神格に応じて天命を制限するというもの。
上級一階位といわれるタマシラ、アプロス、ゴルダーフィードは1万年、
中級二階位、ヴァーチュとユースティア、イズン、エディゲは5千年、
低級三階位、天使たちは1千年の寿命を超えて生きることはできないと。
幸いにして女神の不滅性までもが失われたわけではなく、
死んだ女神は死獄とは別の女神の輪廻に組み込まれ、二〇〇年周期で生まれ変わるが、
この呪いが女神勢の大きな戦力減となったことは間違いなかった。
女神たちは「常若の果実」を口にすることでこの定命の呪いを回避しようとしたが、
そんななか、詩と言葉の女神にして碧霞国の兵法鼻祖・ヴァーチュは常若の果実をほかの女神や天使に分け与え、
早々に死んでしまう。
ヴァーチュの死から約10年後、魔軍の侵攻。
このとき女神のナンバー2、タマシラは魔軍のオーク元帥トゥクタミシュに腹心たる御前の天使シャリテを人質に取られ、
敗北。自らも囚われて凌辱され、オークの子を産みその子供に神力を奪われる。
もうひとりの御前天使ククリが生前のヴァーチュから授かった策を実行、
トゥクタミシュを撃退してタマシラを奪回したものの、
この戦いは明確に女神たちの敗勢で終わったのだった……。
それから200年……。
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