第十話(デュセイ・4)
■ デュセイ・4 ■
「何だその顔は……、そばかすがない……。髪も、そんなに……」
呆気にとられるとはこのことだ。今日のラシェルは美しく装っている。髪もあげて、顔もはっきりと見える。
……こいつ、こんなに美人だったのか?
少なくとも、地味には見えない。
青いレースをふんだんに使った輝くようなドレス。俯きもしていない。顔を上げ、背を伸ばした凛とした姿。誰に紹介しても恥ずかしくない、キレイな女。
「お、おまえ……本当に、ラシェル……か?」
「ええ」
「な、んで……そんなにきれいに……」
「あら、デュセイ様からそんなことを言われるとは夢にも思いませんでしたわ。婚約者であった時は『不細工』だの『そばにいると恥ずかしい』としか言われたことがありませんでしたものね」
動揺したまま声を出せば、ラシェルはころころと優雅に笑った。
そしてすぐ、ラシェルはすっと真顔になった。
「女はね、愛されれば美しくなるものですわ。デュセイ様、あなたと婚約をしていた時のわたしは……たしかに地味で不細工だった。まあ、目立たないようにとわざとそうしていた所も無きにしも非ず、ですが」
「な、なんだと……?」
わざと不細工にしていただと? 何故だと問う前に、ラシェルが言う。
「でも、わたしがきれいになったとしたら、それはジスラン様のおかげですわね」
「そんなことないよ。ラシェルは元々きれいだもん。ここが学園だから、今までは大人しく控えめにしていただけでしょ」
見つめ合って、微笑み合うラシェルとジスラン。……なんだ、こいつらは。
「おまえら……俺という婚約者が居ながら浮気をしていたのかっ!」
思わず怒鳴った。
ジスラン、お前はラシェルを義理の姉として慕っていたのではないのか?
ラシェル、お前はよりにもよって俺の弟と浮気をしていたのかっ!
すると、ジスランが呆れた顔になって言った。
「何を言っているんですデュセイ兄上。兄上とラシェルの婚約など、とっくに解消していますよ。ラシェルは今はもう、ボクの妻です」
妻? どういうことだ?
呆気に取られ過ぎて、声も出ない。
悪役令嬢を睨みつけていたはずのファブリツィオ殿下やサラすらも、俺達の方を思わず見てきていた。
「つ、妻とはいったい……⁉」
「両家の合意の元、ボクはラシェルと結婚しました。それを兄上に報告しようと思ったのに、兄上は『うるさい』と言って、聞いてもくれなかったじゃないですか」
「そ、それは……」
五月蠅く纏わり付いてきているだけだと思って……。
「父上からも手紙が行っていたと思いますよ。読んでいないのですか?」
手紙……、そう言えば、読みもせずにゴミ箱に捨てたものが……あった、ような……。
「ま、今さらラシェルを惜しいと思ってももう遅い。ラシェルはもうボクの妻ですからね。兄上、人の話をきちんと最後まで聞いていれば、少なくとも、大勢の前で恥をかかずに済んだのですけどねえ」
笑うジスランに、リトリュイーズ・ド・レザイ侯爵令嬢の高笑いが重なった。
「ほほほ……、皆の前で恥をかいているのは、そちらの方だけでなく、王太子殿下、あなた様もですわね。皆一斉に婚約破棄? ほほほ……。お粗末ですこと」
「何だとリトリュイーズっ! 口が過ぎるぞっ!」
俺が呆然としている間に、ラシェルもジスランもすっと下がった。
「何を仰います、恥ずかしい上に思考力が足りない王太子殿下。このような場でわたくしとの婚約破棄を宣言すればどのようなことになるのか、そのくらい考えたらよろしいのに」
「何だと⁉」
「まあ、よろしいでしょう。婚約破棄、承諾いたしますわ。この時点を以て、我がレザイ侯爵家は、王太子殿下、あなた様を支持しないこととなります。よって、もはやその平民女に対する苛めがあったか無かったか云々というあなた様の情緒的な話は不要。今後は政治の話になりますわね」
「は? 政治?」
悪役令嬢の不敵な笑み。
何が何だか分からないままの俺や王太子殿下。
そして、悪役令嬢の宣言を受け、この会場に集まっていた何人もの生徒たちが、足早に会場から去って行った。……なんなんだ?
「お分かりになりませんか、王太子殿下。そして取り巻きの皆様。今、この卒業パーティの会場を出て行った者たちは、皆、わたくしの言葉を受けて、それを各々の家に伝えに走ったのでしょう。ふふふ、機を見るに敏な方たちね。この場に残っているのは、愚鈍な者と、わざわざ今動かなくとも大丈夫な者たち……かしらね。ともかく、わかっていらっしゃらない王太子殿下のために、わたくしがご説明差し上げましょう。わたくしとの婚約が破棄となれば、我がレザイ侯爵家は反王太子……いいえ、反ファブリツィオ殿下派となります。つまり、あなた様は王太子としての後ろ盾を無くすということ。ふふふ、あなたが王太子でいられるのは、いつまででしょうね? すぐに次の王太子の選定に入ることでしょうし……。ふふふ、殿下、平民となった後も、どうぞそちらの平民女と共に真実の愛を貫いてくださいませね。そうそう、わたくしはきっと、新たに王太子に選出された方と、新たな婚約を結ばせていただくことになると思いますわ」
悪役令嬢の世迷言……ではなかった。
本当にすぐにファブリツィオ殿下は廃嫡された。
そして、第二王子が新たな王太子となり、悪役令嬢だったはずのリトリュイーズ・ド・レザイ侯爵令嬢と婚約が結ばれた。
平民落ちとなったファブリツィオ殿下……いや、元・殿下。
それらの出来事は、元々決められていたかのように粛々と進められた。
俺はと言えば……、学園を卒業し、行き場も無くなった。寄宿舎も、すぐに出なければならない。
ジスランやラシェルは、あれ以上俺に何か言うこともなく、卒業パーティの次の日すぐに、ラシェルのクライエルン伯爵領に向かったようだ。
誰からも、見向きもされないまま、俺はただ一人、ぽつんと佇んでいた。
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次回最終回です
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