1ー12 神の弔詩、宙の権貴
悲劇というものは突然訪れる。
今回も例に漏れず、そうだった。
ここからでもよく見える。
燃え盛る王都。
人々の悲鳴。
馬のいななき。
そして断末魔。
人々は一夜にして消え去った幸福を思い出し、涙を流し、現実を知る。
今まで築いた夢が消え去らないように。
今までの幸福が幻想だと知りたくないとでも言うように。
彼らは等しく訪れた不幸に嘆き、何もできない己を憎んだ。
***
幸せとは薄くどこまでも続く道だ。
僕らはほんのわずかな道を頼りに、幸せを求めて歩いている。
でも所詮は
何かの拍子に簡単に砕けてなくなってしまう。
でも、幸せが薄氷だと知っている者は少ない。
誰もが当たり前のことだと考えて。
当たり前のように享受してきた。
壊されて初めて気付く。
今までは崩壊の前のひとときの安らぎだったのだと。
だが、それはいつも遅すぎた。
何もかもが手遅れになってから初めて気付く。
一度崩壊が始まると止まらない。
一つの綻びは連鎖し、幾つもの道を砕く。
たとえその道を歩く者が幸せの絶頂だったとしても。
はたまた、不幸の絶頂だったとしても。
不幸は皆に平等に訪れる。
召喚からちょうど一週間目の夜、
皆が明日の迷宮について思いを馳せている頃
誰も知らない場所で、
既に崩壊は始まっていた。
エルリア王国王都、エラルシア、その郊外
そこには一万近くの軍勢が揃っていた。その陣営でなびくのは緑龍の紋章
ロルニタ帝国である
帝国の勇者も揃っているようで軍には異色の雰囲気が漂っている。
しかし、その顔に緊張の色はないし、今から行う殺し合いに恐怖する様子もない。
洗脳の
その効果は絶大で、帝国の兵士にも異界の勇者にも帝国の行いに対する疑問はない。
彼らにとっては帝国が全てであり、帝国の決定は絶対的に正しいものである。
彼らはもうすでに国の最深部まで軍は侵攻していた。
にもかかわらず、誰も侵攻に気付いていない。
スキル【隠】
効果はあらゆる物体や事象を感知不能にすること。
しかし、街を落とせば気付かれるため、他の街はまだ落ちていない。
だが、これは楽観視できる状況ではない。
王都が落ちれば全てが終わるんだから。
例え他の都市が残っていても、王都さえ落とせば戦争は7割方終わったも同然。
「進め。王都を落とせ」
司令官の静かで、無情な命令が下る。
そして停滞していた滅亡への足音が再び鳴り響いた。
鮮血が飛ぶ。
隣にいた僕の身体が真っ赤に染まる。
「ーーは?」
つい先程まで雑談をしていた蓮斗の腹ーーおそらく心臓から赤い何かがついた銀色の鋭利なものが生えていた。
「蓮……斗?」
嘘だと言ってくれ。
僕の見間違いであってくれ。
どうか、夢であってくれ。
「ーーーーーっぁーー!!!」
声なき悲鳴が走る。
そして一拍おいて、絶望が押し寄せる。
時間にしてコンマ2秒程度。
そのはずなのに、僕には永遠のように感じられた。
声が響く。
知らない声。
脳内に直接響いている。
『スキル変質。進化条件【絶望】が満たされました』
『スキルを再構築します。【天候】→【
『新たな力を与えました。さらなる活躍に期待します』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【
空の支配者となる
空間の絶対的な支配権を得る
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
カシャンと音がする。
今まで見えなかった敵の姿が見える。
多分、【宙】の空間支配と敵のスキルが相殺したんだろう。
慌てたような敵の顔を見ながら、僕は戦闘体制を整えてーー
***
べちゃっ、という生々しい音を聞いて我にかえる。
足元には原型を留めぬ何かの大きな肉塊が落ちていた。
こんな死体知らない。
気付いたら足元の敵の死体が転がっていたんだ。
そう言おうとしてからふと手のひらを見て。
真っ赤に染まった両手を視界にとらえて、全てを察した。
ああ、僕が
『経験値を獲得しました』
無情な声が耳に届いた。
殺してからようやく我に返る。
今日、初めて人を殺した。
でも、自然と罪悪感はなかった。
天罰を下した、程度の感覚だった気がする。
「ーーーーー」
何かが聞こえたような気がして、
それが何の音か瞬時に理解して、
歓喜と絶望が混ざったような思いで恐る恐る振り返る。
「蓮……斗?」
顔を真っ青にして息も絶え絶えになった親友の姿がそこにはあった。
「やあ……優人。ごめんな、もう逝きそうだよ」
力なくそう呟く変わり果てた男がそこにいた。
「ねえ蓮斗。僕勝ったよ?もう大丈夫だからさ」
視界が涙で歪む。
僕の声に返答が返ってこないことがますます僕の心に波を立てた。
「ほら、飲んで?まだまだ持ってるからさ」
訓練の時にもらった回復薬。
何かがあった時のために一個だけ常備していたものを差し出す。
それから【空間転移】で部屋に置きっぱなしにしていた残りの薬も手元に寄せる。
「っ!ーー」
蓮斗がいつまで経っても飲まないのを見て強引に口をこじ開けて流し込む。
やがて、苦しそうな咳と共に親友の目がかすかに開いた。
「蓮斗ーー」「無理だって。これで回復するのは体力だけだ。ジェラルドさんが言ってたろ?」
何もわかってない子供に言い聞かすような声が聞こえた。
慈愛のこもったような声。
いつもの蓮斗はこんな話し方をしない。
もう以前のはつらつとした勢いは面影もなかった。
「でもっーー」
「いいよ、俺結構楽しかったし。案外面白かったぞ?優人といるの」
「でも……」
「優人、俺は死ぬ。だから後は頼んだよ。クラスのみんなが割れたりしないように気を配ってあげて」
「何でだよ……何で……」
「お前になら任せられる。俺の代わりにみんなを守ってくれ」
そんなこと言われたら断れないじゃないか。
他ならないお前にそれを言われて。
でも、
でもさ、
そんなのないだろ。
ふざけんなよ。
心の底からそう思う。
本気で一発殴ってやりたい。
何勝手に一人で死のうとしてんだ、と。
何死ぬ前提で話してんだよ、と。
分かっちゃいるさ。
もう長くないなんてことは。
でもそうじゃないだろ。
いつものお前はそうじゃないだろ。
そんなふうに思うんだ。
でもそれを言葉にできない自分がいて。
それがどうしようもなく歯痒くて。
「ははは……ちょっと疲れた……」
「おやすみ、蓮斗」
結局その言葉を受け入れてしまう。
多分、僕は彼の言葉を受け入れたんだろう。
もういいや、って。
もう終わるんだ。
静かに終わらせてあげよう、って。
それから、後は任せて、って。
心臓がもうほとんど動いてない。
最後の言葉からもう親友の声は聞いてない。
涙は見せない。
彼をもう心配させない。
今際の際だけど、最後くらい心配なく逝ってほしい。
「ありがとう、蓮斗。お前は最高の親友だった」
返事はない。
でもずっと言いたかったことは言えた。
だからもう何も言わないよ。
もう言葉はいらない。
だってアイツの答えなんてわかってるから。
やがて心ノ臓の音が止まる。
全てが消える。
初めから何もなかったかのように。
残る言葉は後一つ。
それ以上はもう言わない。
僕らの最後にこれ以上言葉はいらない。
涙がこぼれ落ちないように歯を食いしばって。
それから出来るだけ笑えるように。
そうやって頑張って。
「じゃあね」
最後にそう言って立ち上がった。
***
急速に頭が冷え、冴えていく。
【空間転移】で目の前の空間と自室にあった私物の詰まったアイテムボックス皮袋を入れ替える。
そして、まだ逃げ切れていないクラスメイトの元へ駆け出した。
移動中、【空間探知】で調べたが、王族は見た感じ全員殺害されている。
ただ、空間探知も完璧ではないので、もしかしたら間違いがあるかもしれない。
王族の自室っぽいところに死体が幾つかあったからそう判断しただけだ。
ジェラルドは王のそばでやられていた。
確定ではないが、その可能性が高い。
以前、彼が『私は王の緊急時、王のそばにいる』と言っていたのと、王っぽい人影の前で王を守るように誰かが倒れていたからそう判断した。
あの騎士団長を倒せるくらいの手練れがいる。
まだ僕らでは勝負にならないだろう。
最適解はおそらく逃げること。
だから逃げる。
魔力量が乏しいので空間転移の場所は最低限しか指定しない。
転移場所は『周囲に敵がいない場所』
既に2人逃した。
この城の人間は粗方殺されていて、広間に人影はない。
逃走に適したスキルを持っている勇者は既に逃げているようで、知覚範囲内の残りは2人のみ。
動きからして勇者だろう。
広間を抜けた先に、綾井姉妹がいた。
2人とも訓練後にもらった槍を持って1人の男と対峙していた。
自分も一緒に3人同時に転移させようかと思ったが、敵まで連れて行きそうになったので別々に転移する。
次の瞬間、僕は洞窟の中にいた。
この日、勇者は10人減った。
残った勇者は18人。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
全ては最悪の形で終わりを迎える。
多くを失い、何も得られず。
勇者として呼ばれた彼らは【今】に何を思っただろう。
次回【やり直し】
まだ終わらせない。
終わらせられない。
僕が全部やり直す。
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