「詩集 永劫」(2008~2009)

舞原 帝

39.視界

夜の海に躊躇いもなく入って行く

先へと進めば進む程 度重なる疑雲に包まれる その一足義足が

今となってはそう思えて仕方ない 多分 そうであるからして

冷艶たる冷水の温度に 直ぐに気付けぬのか

それとも 顔を出さない月が どの事にも気付けぬ若き者をせせら笑う姿形が

どうにも 本当の月ではないと自分を嘆いて

そのどっしりとした雲に隠れさせてもらっている様が

残念ながら 疑似的症状のそれなのか どうもはっきりしない

まるで 取って付けた様に感じなくもないその所以は

静かに波打って 穏やかに引いて行くこの潮汐の ずっと向こうに知られている


そこに行き着くまでに たとえ 多くの困難が待ち受けているのだとしても

これだけ闇夜の中なのだから きっと ぶつかりはせぬ

その上 自身がどの事にも気付けぬ若き者であると それは自負して

不思議と自信も湧いてきたと それは非常に愚かな事かもしれないが

その事を確かめようにも術はなく 知る由もない

まず 誰も知りたがりはしない事だと考えてみれば

後は先に進み続けるのみで 月が顔を出すのなんて待ってはいられない

浪浪として 絹を引き裂く様に容易く 夜の海を掻き分け進む

纏はり付いた湿った絹が歩調を遅らせ それは

遭遇せずのあの困難かと思わせる程に 強く柵む

大切にしていた手足は まるで 自分のものとは思えない それでいて

此処まで進んできたのは 誰か他人の意志でそうしたとも思えない そうやって

必死に解らない事を解ろうとして いつだったか 自己不信に陥り

這這の体で逃げ出したその先は 闇に隠れし孤島であったのか

俄かには信じ難い事ではあるが 自分は これを信じなくてはいけない

何故と言って 特に理由などない 本当にそうなのだから仕方のない事

自らを理解し 亦 信じようと言うのなら

もう その方を振り返ってはならない 「闇に隠れし孤島」なぞ

気に掛けるに値しない過程に過ぎず 自身が気を揉むべきなのは

この初めて聞く 新しい軋み それなのである


とみに一線を目指す そんなものは見えはしない 見えはしないけれども

感じられるし 「もし」と言えば 触れられもしよう

久しく期待しようか それとも その先を恐れて 無にでも還ろうか

――そういう思いで言えたのなら良かったのになぁ・・・

全く笑えもしない冗談を言って 全く笑止千万

簡単で良かった 難しく考えたりしなくて良かった

意味も解らぬ それこそ戯れ言を口にする様すらも

あの症状を孕んでいるのかも知れない

如何せん 自分の事となるとこれっぽっちも理解できない性分で

それだのに 一途に自分の幸いを乞おうとするから


沈みゆくその幸を 元に返そう返そうとしている事に

何時の間にやらの呼吸の乱れで 恐らく それで知ったのだろう事にも

いつも通り気付いてやれない

「可哀想に・・・」と哀れんでもやるとでも?

「否」と言うまでもないだろう?

いつ震わせたかも解らぬ身体が 今 此処にあって

どうやら 私計の下で此処にあるらしいその身体が 本当は

いつか 砕け散る幻想のイメージそのものだったとしても

まだ せせら笑って「そんな事 千から知っていた」と 一体 誰に法螺を吹き

疑わしい記憶の糸を手繰り寄せようとするのだろう


もうすぐ あの一線に辿り着く その頃には きっと

この闇にも目が慣れてしまい そこでハッと気付くのかも知れない

夜の海を前にして ただ 途方に暮れている自分自身が 本当に

どの事にも気付けなかった若き者であったと 躊躇い過ぎたそいつは知り

ともすれば 美し過ぎる水のその不釣合いな冷たさに

怯え 拒み 後退り そして立ち止まるその姿は 或いは形は まるで

何か大事なものを後ろに隠している様で 尚且つ

全然要らないものまでも隠そうと と言うより 曝したくなさそうにしている

そうして その「もの」を守る為に 何故だか自分の命を捨ててみるか

いっその事 それ自体を握り潰すかしてみれば

本当は何が大事だったのか 気付けるのではないだろうか

物事の本質を見抜く力さえ この身には備わってはおらず 悲しいかな

自らを戒める境地すら持たない為に 自らを慈しむ事をも忘れてしまったのだ


頭を抱え悩むけれども そういう仕草一つ採っても どうしても解らない

自分はそんな事をする奴だったろうかと思い返して

やはり 悩み苦し――

次第に視界が開けてきた 到頭 己自身と向き合う時分となったらしい

やがては 不意に身体の自由を求め その固まってしまった不自由からか

無意味な抗いを見せて 意味をその行為の何処かに見出せればと願う

また 両の手を合わせよう いつかの通り叶いはしないだろう だけども

いつの日か叶う事を 今まさに付け足しておいたから

「どうか叶って・・・」と弱弱しく発した

その言葉が震えていた事にだけは どういう訳だか不思議と気付けた

悲しくもそれだけではあったが どの事にも気付けぬ訳ではなかった若き者は

躊躇いながらも 夜の海へと入って行った 幸先に少しでも近づきたいのか

最果てに憧れを持っていた頃を思い出したのか 自らの身体をこの潮汐に預けた

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