16.「死の時間」
地上が消えていく様を見ていたら 直に 僕も消えてしまうのではないかと思えてきた
でも その前に 僕を支えているこの地上が無くなってしまうだろうから
自分の身を案じるよりも この先の事を心配しなければならないのかも知れない
僕が消えていく様は きっと 滑稽で笑えるだろう
でも 大事なものが消えていく様は まったく 滑稽でもなんでも無いから
どうしても 夢だと思いたくなる
目の前で有り得ない事が起こっていれば 尚更 そう思いたくなる
大事なものの為に 「これは夢だ」と言葉にして きっと その通り夢にしたいのに
ここが地上の消える事は無い 現実とは全く別の場所である つまり
やはり夢の中である事は絶対に無く 言葉の無力さがはっきりしただけだった
そして 僕を一生支える筈だった地上は 最後 何も言わずに消えた
消えてしまったその時に 「落ちる」事は無く
僕を地上に向かわせる存在の重力は さてはて何処に行ったものか
重力の為の地上は何処に行ったものか 存在意義も定義も当てはまらない
理屈と根拠はぶつかり合って どっちにしろ「落ちる」事は無い
実際には消えていないのに そう見えた光も又「光が消えるなんて有り得ない」と
僕の主観的な考えではない筈なのに その可能性はもうすぐゼロに等しくなるんだ
客観的に見てもその比は同じだったろうに もう 誰も何も言えやしない
だから 地上はいつか始まって 終わったあの時も無言だったのだろう
光はまだ僕を照らしてくれていたが いつか 消えてしまう
これから まだ有り得ない事が起こっても不思議ではない 地上の無い今
不思議な事に僕は息をしていて なぜか一人きりだった
「ずっと一人でいい」と願ったのを覚えている いつか 僕は一体誰に頼んだのか
地上が消え入ろうとするまでは 僕の隣にはあの人が居て 今思えば
それも有り得ない事だった気がするのに 今は 居ない事が有り得ない事となった
消え入る地上に気を取られていた事も その時 あの人から目を離してしまった事も
まだ 光が僕を照らしてくれている事も 今という時間が流れている事だって…
もう どうする事もできないと言うのに どうにかしたいと思っている僕が居た
それから あの人を何処かへ失ってしまった悲しみに暮れている僕も同じ奴だから
あの人が 今生きているかどうか知りたいと思っている僕は気付くんだ 此処が
僕とあの人が居た世界とは全く別の世界だとすると もう 生きている意味は無い様な・・・
守るものは何も無くて 皮肉にも失うものしか今の僕は知らない
生きている筈の僕が死んでしまう事は 僕が僕自身を失う事では無いだろうか
そうでなければ 悲しい事に僕は失うものすら無い事になると言うのはどうにか避けたい
「ずっと一人でいい」と願いはしたが そんな事まで僕は誰かに頼んじゃいないから
たとえば 誰かを守っているだけで 僕は笑う事ができたのに
もし 誰かを失ってしまう事が 僕を悲しませるのなら
今感じているこの胸が締め付けられる様な感覚は それに非常に近いが
どうだろう あの人が一体何処へ行ってしまったと思えば この「痛み」は消えるのか
記憶の片隅にある全ての感情は「無」を創り出して 光さえも届かなくした
はっきりと目に映し出されたそれを 僕は「闇」と呼んだ
記憶の片隅から見渡した何処かには「性」があって だけど 色も形も重みも無いよ
なのに 何と呼んだらいいのか分からなかったから ただ そう呼んでみただけ・・・
一人分の命を持て余す時間が あの時計の針を動かす
いつだって勝手に止まってしまう永い針を 「握り締めれば「痛み」は消えるかな」って
名前を付けるよりも その名を呼ぶより先に それに触れる事ができれば僕のモノとなる
僕の消えない大事なモノにできるんだ でも「痛み」はどうしても消えてはくれない
此処に声が響くのなら 助けを呼ぶより先に あの人の名を呼ぶだろう
僕の目と耳であの人と確認できた暁には もう 目が見えなくなってもいいかもしれないと
同時に耳を塞いで 溢れてきた赤い何かを その手で受け止める覚悟はできていたのだ
此処で生き始めるずっと前に 僕は一度だけあの人の名を呼ぶよ ただ一度だけ
光を何処かへ遣ってしまい 途方に暮れた
悩か心か 僕を生きた心地にさせてくれない何かは そのどちらかにある
あの「闇」の中にも 「無」の中にも 「性」の中にもある「痛み」は真実か
「ずっと一人でいい」誰にも言いはしなかったのに 誰かはその願いを勝手に叶えてくれた
あらゆるものを失う事に慣れ あとは僕自身を失うだけで きっと全てを手離せる
淡い期待を胸に 僕は塞いでいた手を耳から離した 止め処なく零れる赤い何か
一筋の光を背に あの人を訪ねに行ったあの日 僕は一瞬だけあの人を見失ってしまった
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