6.待宵屋敷へ

第13話

 手続きと一通りの挨拶をすませ、武音乙女は市役所を出た。


 これからいよいよ任地である待宵屋敷へと向かうのだ。


「あっついなー!」 


 先程貰ったうちわをバタバタさせながら、乙女は歩いている。


 今日はさすがにスーツ姿ではなかった。どころかTシャツにデニムシャツを重ね下はカーゴパンツ、と非常にラフな装いであった。


「あの~、あんまり気を使わないでも大丈夫ですよ。田舎のことなんでみんな知ってますから」


 並んで歩いている若い男、萩森が遠慮がちに声をかけた。短髪で清潔感のある、いかにもな好青年である。


「え? なにが?」


 乙女は素で意味がわからない様子だった。


「あの、武音さんが元アイドルってことも、新しい〝地方振興おたすけし隊〝の方だってことも……」

「あ~、それね」


 乙女はスッと人差し指を反らし、萩森に向けた。唐突な動きにちょっとビクッとする。


「別に隠してるんじゃないの、これ。癖みたいになっててさあ。ごめんね。感じ悪い? 外す?」


 乙女はサングラスを装着し、ベースボールキャップを目深に被っている。これの事を言われている、と気付いたのだ。


 メガネの縁に手をかけて下にズラし、その野生を感じさせる美しいまなこを男に向けた。とき色がかったショートボブの髪型が少し崩れる。


「あ、感じは全然……。いいと思います!」


 変にドギマギしながら萩森は答えた。


「そうお? ならいいけど」


 再びサングラスを定位置に戻し、アーモンド型の瞳は夜霧のようなレンズの向こうに隠れた。


「……まだ夏も始まったばかりだってのに、こんなに暑いんだもんな~」


 ぼやいてはいるが、乙女の顔はニコニコとして楽しそうだった。歩きながら物珍しそうに街並みを眺め、時々うちわを腰に挟んで器用にスマホを取り出し写真を撮っている。


 おたすけし隊に採用されたことで、テンションが上がっているらしい。


「下よりはマシなんですけどね~。ここちょっと標高高いんで」


 案内している萩森も心なしか声がはずんでいるように聞こえる。

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