3.山名家・上古
第7話
山名の家は斧馬でもかなり大きく、存在感のあるものだった。
今でも立派な門構えのある屋敷に住んでいるし、古い文献もそれなりに残っているらしく、時々(本当に時々)研究者のような人々も訪ねて来る。
その山名家の一人娘、
一家は今は新居の方に移っており、こっちに来ることは滅多にないのだ。ただ、掃除や手入れはちょこちょこおこなっており、埃っぽさや、居辛さは感じなかった。
雅樂の前には、食事の用意がある。二人分。料理を作り、部屋に設えたのは母と祖母だった。本当は自分でやらなくてはいけないらしいのだが、雅樂は料理はからっきしなので、このようなことになったのだ。
『今日はこの部屋でお夕飯ということでしたけど……。もう食べて良いのでしょうか』
料理はとっくに冷めてしまっている。ただ、家の者の話では、なるべく深夜0時を過ぎてから食べるように、とのことだった。
『話だけは昔から聞いていましたが……いざ自分がやる段になっても、意味がよくわかりませんわね』
鼠一匹いない、森閑とした母屋で一人首を傾げる雅樂。
いかにも育ちの良い綺麗な目元の、上品な雰囲気の女性であるが、どこか抜けているような印象も覚える。着慣れない着物のせいで今一つ落ち着かない様子だ。
『着物なんて七五三以来……あ、成人式以来でしょうか。まぁコスプレのようなものと思えば』
などとのん気なことを考えている。ちなみにコスプレの経験はない。
今日は、山名家で〝かんのあえ〟と呼び習わされている日である。
代々、山名家の中の誰かがこれをやらなければならないのだが、今年は〝そろそろ雅樂に〟ということで、彼女がここに座っているのである。
何が〝そろそろ〟なのかは雅樂にもよくわからない。おそらく誰にもわからないのだろう。
特別何か難しいことをするわけではない。ただこの日は母屋の決まった部屋で、一人で晩飯を食うのだ。出来れば、0時過ぎということだが、絶対に守らなければならない決まりというわけでもないらしい。
聞くところによると、赤歯寺でも似たようなことをしているようだった。
『あちらも食べてよろしいのかしら……?』
何故か料理は二人分ある。もういつもの夕飯の時間はだいぶ過ぎており、雅樂は腹と背中がくっつきそうになっていた。
そろそろ0時を回ることでは。
そう思い柱時計を確認してみるが、まだ一時間ばかりある。
もう食べてしまおうか、と雅樂は箸に手を手を伸ばすが、寸でのところで思い止まる。
先程からこれを、何度か繰り返している。
きつく言われているわけではないが、雅樂はタブーを破ることに抵抗があった。
厳めしい造りの古い母屋は、何か圧迫感があり、雅樂の心の内を見透かしてくるような怖さがある。
誰も見ていないからといって、勝手なことをするのを、この家は許してくれないのではないだろうか。そんなぼんやりとした思いがわいてくる。
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