第5話 菓子
義理の姉妹となった二人の
つまり昔と変わらず、茶菓子を
「鬼畜ですし、関わると振り回されるのは確かですね」
エトゥール王の伴侶であるシルビアが、義理の妹の意見に否定するどころか強く賛同した。賢王と名高いセオディア・メレ・エトゥールは、近しい関係者によると、鬼畜で策士で腹黒らしい。
「シルビア様……」
「事実です」
反応に困ったリルは、素早く
その手配の中、酒蔵巡りで発見した菓子である。
「まあ」
新しいお茶菓子に、シルビアの無表情の仮面がはがれる。子供のように目を輝かせて、微笑んできた。
それは同性であるリルでさえドキっとする無邪気な笑顔であり、周囲を全魅了するような破壊力があった。
なるほど、エトゥール王がシルビアに茶菓子を渡す時は、男性の同席がないことを条件にしたという都市伝説は、本当のことかもしれない。
この微笑みを向けられたら、勘違いする男性が多数量産されることだろう。しかも本人は無自覚なのだ。
「新しいタイプのお
うきうきしたように菓子箱を
「
ファーレンシアは、侍女の方を振り返った。
「マリカ、東国茶は――」
「ご用意しています」
あらかじめ話をきいていた侍女のマリカは、絶妙のタイミングで少し渋みのある
酒饅頭を一口、口にしたファーレンシアもその美味しさに、驚く。
「まあ、美味しい。お酒みたいな香りがしていますね。これならお義父様も食べれるかもしれません」
ファーレンシアが『お義父様』と呼ぶのは、純白の猫姿の
猫の姿をしているのに、米の発酵酒をこよなく愛す大酒飲みであり、調達した
どうして賢者の血縁者が
それが養い親のメレ・アイフェスから学んだことの一つでもある。
商人ギルドの一員として王室御用達の窓口であるとはいえ、平民であるリルが姫とシルビアのお茶会の同席を乞われるのは、当初はマナー教室という名目だった。
それがいつのまにか、『お茶菓子を探求する会』という謎の
「ロニオス様だと、
「確かにそうかもしれません。リル、機会があったら入手してくれますか?」
「承りました」
「リル、この『
シルビアが幸せそうに感想を述べる。
リルは嬉しくなった。商人たるもの、やはりお客に満足してもらうことに喜びを感じるのだ。
「お口にあってよかったです。
話をきいていたシルビアの目が猫のように怪しく光ったのは気のせいだろうか?
「…………
シルビアがブツブツと口にした。
「シルビア様?」
「リル、腐敗防止の保存箱があればよいのですね?」
「はい?」
話が見えずに、リルはきょとんとした。
「大きさはどのくらいがいいかしら?リルの荷馬車に乗るくらいで、もちろん軽さも重要だし、荷崩れ防止――いえ、衝撃吸収も考慮するべきね――」
「シルビア様?」
「リル、その『練り切り』とやらの大きさは、どのくらいですか?」
「え?大きさは、この酒饅頭の半分ぐらいで――」
治癒師は高級紙をどこからともなく取り出すと、ペンを走らせ始めた。
「シルビア様?」
「大丈夫、冷蔵機能つきの運搬箱をクトリに作ってもらいます」
「はい?」
クトリ・ロダスは、シルビア達と同じ
クトリ様まで巻き込んでしまう――リルは思わぬ展開に青ざめた。
「ちょっと、クトリに相談してきますから、待っててくださいね」
「お待ちください、シルビア様――」
止める間もなかった。シルビアは
「…………『芸術的
義姉の性格を理解しているファーレンシアが静かにお茶を飲みながら、リルにぽつりと言った。
「ファーレンシア様……」
「巻き込まれたクトリ様は気の毒ですが、仕方ありません。
「……………………」
「シルビアの甘味に対する
あとでクトリ様に謝りにいこう、とリルは思った。
「リルが謝ることじゃありませんよ」
少年姿の
「でも……」
「シルビアの
リルは、クトリが西の民であるナーヤ婆の元に日参していることを知っていたので、翌日に
クトリはナーヤの
ナーヤ
「先ほどクトリ坊が、治癒師の無茶ぶりを語っていたからのう。
「――」
ナーヤはリルの思考を読んだかのように言った。
ナーヤ婆の
リルもナーヤ婆に勧められるまま、クコ茶を口にした。
「それにね、
「くーらーぼっくす……?」
「えっと……箱の中身が冷えた状態を維持できる技術、で理解できます?」
「……………………」
リルは、しばらくその言葉の意味を考えてみた。確かにシルビアがそんなことを言ってた。保冷が維持できる箱など聞いたことがなかった。
だが、リルはその技術がとんでもないことに気づいた。
「えええええ?!」
リルは驚きの声をあげた。
「それって、冬にしか運べない
「あ、やっぱりそうなんですね?普段は
クトリはクトリで、エトゥールの食料事情をようやく理解したらしい。
「だって、エトゥールは内陸だし、
「そういえばエトゥールは大陸の中心でしたね」
「西の地も川魚が中心じゃな」
ナーヤが言うには、西の地も似たような状況らしい。
「あとは、塩漬けか酢漬けしか干物になるけど、やっぱり真冬しか運搬できないし、どうしても高価なものになっちゃうの」
「冷凍は?」
「どうやって凍らせるの?」
「保冷箱の温度を氷点下にすれば」
「――」
リルは目眩を覚えた。メレ・アイフェスはこともなげにいうが、これはとんでもない技術だった。
「クトリ様、作っていいか、メレ・エトゥールとカイル様に相談してもいいかな?いろいろ問題が起こりそうな気がするの」
「そう?」
クトリは、わかっていないようで、首を
「じゃあ、試作品は小さいものにしておきますか?シルビアからの注文は、芸術的なお菓子が100個入るものだったけど……」
「100個……」
「多分、半分はシルビアが食べるつもりだと思う。永続保存がきくタイプが作れるか、とも聞いてきたから」
「シルビア様……」
エトゥール王妃になったはずの異国の
「僕達もその芸術的なお菓子とやらを食べてみたいですよね、お婆様」
「食べてみたいのう。西の地専用の保存箱も作れるか?」
「作りましょう。あ、
「あいす……?」
また変な言葉が出てきた。クトリ様もシルビア様同様、暴走していないだろうか、とリルは不安になった。
メレ・アイフェスの常識は、エトゥールの非常識――とは専属護衛達がよく言う言葉が頭をよぎる。
「氷を作り出す装置です」
「……冬でもないのに?」
「作れますよ」
「……どうやって?」
「水を氷点下まで冷やすだけ」
リルはカイルに相談する決意をした。
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