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◇
俺はいつも通りの作り笑顔をした。赤座に不審なところを抱かせないように留意をしながら。彼はじゃらじゃらと職員室から持ってきたらしい生徒会室の鍵を手元で遊ばせながら、やはり俺のことを訝しい、という視線で貫いてくる。いや、訝しいというよりかは、面倒臭そうであることを示すような不機嫌な表情だと思った。
「赤座先輩、どうもです」
俺は極めて自然に言葉を吐いた。
「ちょうど鍵を取りに行こうと思っていたんですよ、すみません、こういうのって後輩が率先してやるべきなのに……」
「……いや、普通に聞こえてるから。物理室に行こうとしていたんだろ? ……というか、お前心の中まで敬語だと思っていたけれど、そういうわけじゃないんだな」
くくっ、と一瞬笑うような表情を見せた後、切り替えるように真顔になって、そうして彼は遊ばせていた鍵で生徒会室の扉を開錠していく。
あー、これはまずいな、と思った。大した問題ではないけれど、心がもう物理室へと向いていたから、これから仕事を行うことを考えると少しばかり憂鬱に近い気持ちになってしまう。
「どうした? 入れよ」
扉を開けた後、何も問題がないように呟く赤座の姿、いまだに入ろうとしない俺に振り返りながら、彼は頭を掻いた。
「ああ、はい、もちろんです──」
「──別に仕事をやるもやらないも、雑務でしかない高原が勝手に決めればいいさ。だが、少し話したいことがある。ちょっと面貸せや」
「……」
そんなヤンキーみたいな誘い文句を赤座は吐いた。俺はそんな彼の言葉に一瞬どぎまぎしながらも、渋々、はい、と頷きながら生徒会室に入っていく。
なにかやらかしただろうか、そんな不安を抱きながら俺はくぐもっている生徒会室の空気を肺の中に入れた。
◇
入ったばかりの生徒会室は暑く感じた。日射はカーテンによって遮られており、直接的な光の熱はそこにないものの、温まってしまったカーテンが乾いた空気を更に温めている。そんな中にある書類の束や冊子の一部であったりが熱に侵されており、独特の香りというか雰囲気が生徒会室の中にはあふれていた。
「まず、なんの仕事をやればいいでしょうか」と俺は聞いた。先ほど赤座から言われたことをすべて無視するように、淡々と長机の上に置いてある書類に手を伸ばしていく。大概は会長席である常法寺の場所にまとめられていたが、例外的に省いたらしい書類を手に取って、俺は作業することを示唆した。
「いや、まだだ」と赤座は答えた。
「ほら、ええと、今、俺とお前の二人きりだろ? ちょっとドアを閉めてくれ、頼む」
頭を掻きながら、気まずそうに赤座はそう言葉を吐いていた。
俺はそんな言葉に従って、くぐもった空気を換気するために開けていたドアを閉めていく。
「外に人はいるか?」と赤座は聞いた。俺はドア窓から廊下を覗いて誰もいないことを確認すると、赤座の言葉に首を振った。
いよいよ状況的には作業なんてやれる状況じゃないな、と思う。こうあからさまに場面を作られてしまえば、笑ってごまかすこともできないような気がする。何が起こるのか、何が語られるのか、俺にはわからないものの、それでも不安というものは心から離れない。
流石に暴力沙汰、ということはないだろうけれど、暴言の一つくらいは覚悟しておいた方がいいかもしれない。俺は今までのことを思えば、それくらいは赤座からされそうな気がする。単純に彼から嫌われている、という自覚があるからこそだが。
「……それにしても赤座先輩から話って珍しいですね。何かあったんですか?」
俺は頬に浮かべている口角が歪んでいることを自覚しながら、それでも筋肉を意識的に動かして、笑顔を作り出す。ぴくぴくとする筋肉の感覚に、赤座には悟られていないだろうか、と不安を抱くけれど、赤座は特に気にしていないようだった。
「いやー、まー、なんというかだな……」
赤座は気まずそうに息を吐いた。……いや、そんな気まずそうに息を吐くような案件など、俺との間で持ち合わせているわけでもあるまいに。
「……ええと」
「そんなに僕に言いづらいことですか?」
「いや、そういうわけじゃない。これは高原に対して言いづらいとかではなくてな、誰に対しても言いづらい、というか、なんというか……」
誰に対しても、というところに俺は引っ掛かってしまった。
「そんなことを僕に? 常法寺先輩とかに言った方がいいのでは……?」
「あー、そうしたいのはやまやまなんだけど、そうすることができない事情があるというか、なんとなく察している部分があるというか……」
赤座はぼりぼりと頭を掻いている。そして、常法寺、という言葉を出した後、彼はあからさまなくらいに視線を泳がせた。
「……それで、結局何が言いたいんですか」
俺がそう言葉を吐いた後、自分自身で少し威圧的な言葉になっているな、と自覚をした。けれど、赤座は特に気にする風でもなく、はあ、と大きなため息を吐いてから決意を固めるように振舞う。俺はそれを視界に入れながら、彼から何を紡がれるのか身構えてしまう。
だが、そんな身構えは特に意味はなかった。
「……お前、あいつとどんな感じなんだよ」
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