1-8
◇
昼食時になると、いつもどうすればいいのかわからなくなるときがある。
たいていの人間というものは、適当に見繕った知人なり友人なりと時間を過ごすのであろうが、俺の場合はそういうわけにもいかない。五月という時期にもなって俺は友人の一人も作っていないし、作ろうとも思っていない。これからもこのような生活を続けていくのだから、俺にとって昼食時というのは憂鬱な時間ではある。
寂しいわけでもないし、孤独でいることが辛いわけでもない。ただ、ぼんやりと過ぎる時間を一秒ずつ認識するのがひどく退屈で仕方がないというだけ。俺はこの時間をどう過ごそうか、と毎日何かしら考えているような気がする。
外の方を見れば、特別棟と繋がっている渡り廊下の天井、フェンスが設けられている通り道が視界に入る。日当たりがいいのか悪いのかわかりはしないけれど、それでも外だというのに数人の女生徒がその辺りで昼食を済ませようとしているのが視界に入る。そこまでして外で食事をとりたいものだろうか、と彼女らのエネルギーの活力を思うと、なんとなく敬礼でもしたい気持ちになる。
これについては素直な気持ち。俺がやろうとは思わないことを率先して活動している人に対しては、どこか敬意のようなものを抱かずにはいられない。
……まあ、そんなことを考えながら、結局俺も外みたいなものである屋上に向けて移動をするのだが。
◇
屋上に昇る前から、その手前の踊り場から風が抜き抜けるのを肌で感じていた。踊り場を目の前にして、閉まり切っている窓から風を受けるのを錯覚したけれど、そんなことを考えなくとも風の出どころは屋上からでしかないことを俺は知っている。
特別棟から行ける屋上を管理する教師は誰もいない。この場所に対して関心を持っていないのか、自分の教科で忙しいのか、いまだにここは規制されることはなく、ただただいつも孤独を着飾る者たちだけで使用されている。
ふう、と適当に息を吐き出してみて、身体にいつの間にか入っていた力を抜くようにしてみる。何に対して身構えているのか、無意識に強張る力に対して俺は笑ってしまいそうになる。
階段の踊り場を昇っていき、そうして屋上の扉を視界に入れた。風邪の出どころである扉は半開きになっており、たまに吹き抜ける風によってかすかに震えのような揺れを行っては蝶番の錆を強調するような音を醸し出す。それを不快だと思えば不快に感じたが、それを気にすることはなく、俺はいつも通りに屋上の世界へと乗り込んでいった。
「あら、高原さんじゃないですか」
「……どうもこんにちは」
そこには予想通りというべきか、伊万里 京子がいた。
彼女はサンドイッチなるものを片手でつまみながら、そうして呆然と空の世界を眺めている。風が強く吹きすさんでいる屋上に置いて、雲が流されることに対して理解を示してしまう。これだけ強い風である小野ならば、あれだけ大きい白い雲でさえも流されるものなのだろうと。
「また独りぼっちですか?」と伊万里は聞いてくる。
「ええ、いつも通りに」と俺は苦笑した。それ以上に何か返すべき言葉は思いつかなかった。
「それなら仕方がないですね、……一緒に食べます?」
「そうすることにします」
ふふっ、と伊万里は笑いながら、とんとん、と彼女が座り込んでいる床の隣を手で指した。俺もこくりと頷いた後、そちらの方へと足を運んでいく。
屋上の床は塩ビの緑色で敷き詰められている。滑らないような配慮が行われていそうな作りになってはいるものの、誰にも管理をされることがないこの空間の床には、相応に埃が降り積もって、上靴のゴムさえ滑らせる気配がある。
転んでしまわないように意識を向けながら、少しおぼつかない足取りで彼女のもとへと移動をする。そんな傍らで、はむっ、とサンドイッチを頬張っている彼女の擬音が耳に聞こえるようだった。
◇
「断ると思ってました」
座って俺が持ってきた鞄から昼食を取り出すと、伊万里はぼうっと俺の様子を見つめながらそんなことをつぶやいていた。俺はその発言に興味を抱くことはなく、何かしら飲み物を買ってくることを忘れていたな、とぼんやり思いながら、改めて彼女の言葉を咀嚼した。
「何がです?」
「……いや、なんか一緒に食べるとか、高原くんならしないのかな、と勝手に思ってたので」
彼女の言葉を耳にして、確かになぁ、と思った。昨日までの俺ならば、もしここに彼女がいたとしても、そうっと見て見ぬふりをして、今度は物理室に赴くなり、学校の体育館裏に行くなりをして、孤独に昼食を済ませていたと思う。
それなのに、今日に関してはなぜ彼女と一緒にいることを選択するようにしたのだろう。彼女が珍しく屋上という空間にいたからだろうか。
「なんとなくですよ、なんとなく」
俺が彼女にそう返すと、そうですか、と興味がないように伊万里は返事をする。
いつもであれば、伊万里は物理室で食事をとっているはずだった。
もともと、俺たちが科学同好会というものを結成したのは、互いに孤独であることを誇示するような環境によって、人からの視線をかいくぐるためであり、そのために用意された物理室という空間を彼女は有効に使っていた。
「伊万里さんは、どうして屋上に?」
だから、俺は聞いていた。互いにいつもと異なっていることを行っているのを認識しているからこそ、そんな言葉を吐いても許されると思った。
そんな俺の言葉に、彼女はサンドイッチをはみながら答える。
「なんとなくですよ、なんとなく」
言葉遊び、というか、俺の言葉で遊ぶようなセリフ返し。
「なんとなくですか」
「はい、なんとなくです」
「なんとなくというのであれば仕方がないですね」
「そうです、仕方がないんです」
サンドイッチを頬張りながら話す彼女の言葉は全体的にふんわりと甘噛みをしていた。
ああ、それなら仕方ない。俺も言葉通りに納得をして、母親が用意してくれた弁当を食べることにした。
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