この小説の結末を決めるのは先輩です。

川島由嗣

この小説の結末を決めるのは先輩です。

「だから話はハッピーエンドが至高ですって!!」

「いいえ!!ほろ苦さを残すビターエンドがいいのよ!!」

 放課後の文学部の部室で俺と藤原先輩は言い合っていた。この言い合いもいつもの日常だ。


「読み終わった後、幸せな気持ちになるのが素晴らしいんじゃないですか!!」

「いいえ!!ちょっと悲しさを残すことで心に刻まれるのよ!!」

「ぐぬぬ・・・・。」

「二人ともこりませんね~。」

 俺と先輩のいつものやりとりに同級生の遠藤がため息をつく。文学部は主にこの3人だ。後は部室を借りるために名前だけ借りた幽霊部員がいるだけだ。


「そういう遠藤はどっちはなんだ!?」

「そうよ!!貴方はどっちなの!?」

「え~。こっちに話を振るんですか・・・。」

 遠藤は少し考えこんだが、すぐに顔をあげて笑った。

「私は両方ですね。だって気分が落ち込んでいる時は幸せな物語を読みたいですし、色々考えたいときとかはビターエンドも読みますし。というか結末がわかっているから読むっていうのも変じゃないですか?」

「うぐ・・・。」

「それは確かに・・・。」

 彼女に正論を言われて俺らは黙り込む。確かに結末を知って読むことはしない。俺と先輩はお互いにお勧めの本を交換し合っている。俺らは互いに好みのジャンルを知っているので、結末がどんな風に終わるかを推測できるというだけだ。


「それに、藤原先輩と星野先輩って終わり方の好みが違うってわかっていても、毎回お勧めの本交換しているじゃないですか。結末に納得いかないってことは、つまらないんですか?」

「そんなことない!!先輩が勧める本は最高に面白い!!」

「面白いわ!!さすが星野君といえるくらいよ!!」

 実際に先輩にお勧めされた本は全て読んでいるが、素晴らしい作品ばかりだった。読み終わった後、切なさで胸がいっぱいになって余韻に浸っている。すぐに感想を話したかったが、へたれで先輩に電話できないのは秘密だ。その代わり次の日は部室で感想回をする。先輩も俺が勧めた本を読んだ次の日は楽しそうに感想を話してくれる。そんな時間も好きだった。


「もう付き合えよあんたら・・・。」

「?何か言った?」

「いいえ。それより先輩、そろそろ時間じゃないですか?」

「あ、本当だ。」

 先輩は時計を見て、慌てて帰り支度を始める。今日は塾の日なので早く帰らなければいけないのだ。


「今度こそ、星野君をぎゃふんと言わせる作品を持ってきてビターエンドが最高って言わせるから!!」

「望むところです!!俺こそ最高のハッピーエンドを用意しておきますよ!!」

「ふふっ。楽しみにしているわ。それじゃあね。」

 そう言って藤原先輩は笑顔で帰っていった。部室には俺と遠藤が残される。


「あ~。」

 俺はため息をつきつつ、机に顔を埋める。そんな様子を見て遠藤が呆れていた。

「まだ、好きって言わないんですか。いい加減惚気は見飽きたんですけど。」

「そうは言ってもなあ・・・。」

 傍から見てもわかるぐらいに、俺は藤原先輩に片思いしている。正直に言うと部活に入ったのも藤原先輩目当てだ。ぱっちりした目、肩まである綺麗な黒髪、モデルと錯覚させるような体つき。何より、まるで周りまでもが輝いているかのように見える素敵な笑顔。

 勿論、藤原先輩目当てで入部したり近寄ろうとした人はたくさんいた。ただ先輩も慣れているのか、男子が入部するには本20冊を読んで読書感想文を書き、合格をもらわないといけなかった。俺は元より本の虫だったのでなんなくこなせたが、他の男子部員は全員脱落した。なので、俺は先輩の傍に唯一いる権利を勝ち得たのだが、いまだに告白できずにいる。


「いや、どう見ても藤原先輩って星野の事好きでしょ。あんなに感情豊かに話すの星野以外に見たことないし。」

「そうは言っても本の事を話す時だけだからなあ。あの人本のこと以外となると途端に興味をなくすし。俺なんてちょうどいい話し相手でしかないんだよ・・・。」

 藤原先輩は完全に本の虫だ。小説だけかと思いきや歴史・地理等々本であればとりあえず目を通す。そして気に入った分野があれば関連書籍を読み漁り、必要なことがあれば教師に質問する。この前、文化遺産の本を必死に読んでいたのを見て驚いたものだ。


「それじゃあ、藤原先輩が他の人と付き合ってもいいんですか?」

「そんなことされたら死ぬ~。藤原先輩が大好きなんだあ~。」

 俺の悲痛の叫びに遠藤が呆れた顔で俺を見つめる。先輩が他の人と笑いあっているなんて耐えられない。かといって告白して、断られたら心が折れる自信がある。


「軟弱ですね~。そんなことをしていたら先輩卒業しちゃいますよ。」

「わかってはいるんだが・・。きっかけというか、どう告白すればいいかが・・・。」

「普通に好きですって言えばいいんじゃないですか?」

「それだと先輩を揺さぶれない気がしてさあ。失敗しそうなんだよ・・・。」

「まあ・・・・。確かに。」

 遠藤も納得して頷く。普通に告白してもありがとうと言われて流されてしまいそうな気がする。二人で考えていると、ふと遠藤が何かを思いついたのか、手を叩いた。


「そうだ!!星野って最近小説書いているの?最近読ませてもらってないけど。」

「?書き途中のが一本あるけど。最近は藤原先輩のお勧めの本を読むのと先輩に渡す本を探すのに必死で書いてないなあ。」

 俺は読むだけではなく、小説を書くのも趣味だ。といっても賞に出したりはしない。あくまで趣味として書いている。以前部室で書いていたのを遠藤に見つかり、口止め料として完成したら読ませるのを約束させられた。まあ遠藤は決して書いた内容を馬鹿にしたりしないし、表現のアドバイスとかをしてくれるから助かっているのだが。


「それだよ!!星野しかできないやり方で告白すればいいんだよ!!」

「?」

 俺が首をかしげると、遠藤が耳打ちで計画を話してきた。最初は突拍子もない計画だと思ったが、話を聞くうちに俄然やる気がでてきた!!

「それいいな!!確かにそれなら藤原先輩に響くかもしれない!!」

「でしょう!!」

 俺は嬉しさで遠藤の両手を握って何度も上下に振る。

「遠藤ありがとう!!お前のおかげだ!!」

「いいの。私としてもうまくいって欲しいしね。でもこればかりは私に読ませちゃだめだよ。藤原先輩に読んでもらわないと。」

「ああ!!わかっている!!よし!!帰って早速構成を考えないと!!」

 俺は慌てて帰り支度を始める。創作意欲が止まらない。こんな気分は久しぶりだ。


「戸締りは私がしておくから、早く帰りな!!」

「ありがとう!!遠藤本当にありがとう!!」

 俺はそう言って部室を飛び出した。だから遠藤が呟いた言葉は聞こえなかった。


「あ~あ。これで私も失恋確定かあ・・・。」



「藤原先輩!!唐突で申し訳ありませんが、2週間ほど部活を休ませてください!!」

 次の日の放課後。俺は部室で藤原先輩に休みの連絡をしていた。小説を書くと決めたのだが、構成を考えると意外に時間がかかりそうだったのだ。なので余裕をもって2週間もらうことにした。


「それは別にいいけど・・・。どこか体調でも悪いの?なんか眠そうだし・・・。」

「いえ!!ちょっと昨日夜更かししてしまったので!!」

「そう?それならいいんだけど・・・。」

「はい!!申し訳ないのですが、部室にも寄れそうにありません!!」

「!!・・・・そう。お勧めの本があったのだけど残念だわ。」

 悲しそうな藤原先輩を見て、今ここで告白したくなる。だが必死に堪えた。彼女にとっては本の感想を聞きたいだけかもしれないのだ。だから最初の通り、俺は俺の方法で思いを伝える。


「2週間後には戻ってきますので!!それでは!!」

「あ・・・・うん。」

 俺は断腸の思いで藤原先輩に背を向けて、勢いよく部室を飛び出した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 部活を休んで一週間。小説は順調に書けていた。というか話は書き終わっていた。ただ、俺の場合話を一気に書いてから、時間をかけて何度も推敲するという書き方なのでここからが本番だ。

 昼休みも俺は小説の事を考えていた。万が一にも見られたくないので、小説は持ってきていない。頭の中で物語を流しつつ、気になったところをノートに書き留めていた。

 すると、唐突に教室の外がざわつきはじめた。何かあったのだろうか。思考を中断し教室の入り口に目をやる。

「あれ?藤原先輩?」

「・・・・・・。」

「やっほー。わたしもいるよ。」

「遠藤も。どうしたんですか?」

 教室にやってきたのは藤原先輩だった。学年が違うので教室に来るなんてほとんどない。彼女は美人だし有名人なので、ざわついていたのだろう。しかも先輩は先ほどから思いつめたような表情をしていtたのだ。対して遠藤は楽しそうに笑っている。そんな二人が歩いていたら目立つだろう。


「実はね~。先輩がね~。ほしもがぁ!」

「・・・遠藤さんはちょっと黙ろうね。」

 遠藤が何かを言いかけたのを星野先輩が口に手を当てて黙らせる。にっこりと笑っているが笑顔が怖い。遠藤も察したのか、少し青ざめて首を何度も縦に振る。それを見て藤原先輩は手を放して再びこちらに振り返った。


「星野君。」

「は、はぃ!!」

 先輩から威圧感を感じて思わず背筋を伸ばす。


「・・・・辞めないわよね?」

「え?」

「文学部。辞めないわよね?」

「?もちろん。来週には復活しますよ。」

 当然のように頷くと藤原さんは安心したようにため息をついた。顔も少し赤くなっていて可愛らしい。


「本当に一週間来ないから気になっちゃって。放課後もすぐ帰っちゃっているし。」

「あ、来てくれたんですか?」

「たまたまよ!!たまたま!!」

 藤原先輩が勢い良く否定する。だがさっきよりも顔が赤くなっているので偶然ではないだろう。気にしてくれていたようで嬉しい。


「すみません。心配させちゃいましたね。実は先輩に見せたいものがありましてお休みをいただいたんです。それができましたらまたいつも通り復活しますよ。」

「私に?・・・・そうだったんだ。」

「はい。雑念を入れたくなかったんで、帰りもすぐ帰ってました。」

 先輩断ちをすることで、先輩への思いを最大にするためだ。彼女が来てしまったので先輩断ちは終わってしまったが、今までにない彼女を見ることができたのでよしとしよう。


「それって・・・楽しみにしていていいのかな?」

「それは保証できないですが・・・。先輩だけのためのものなので、来週部室で待っていていただけると助かります。」

「うん・・・・待ってる。」

 藤原先輩は嬉しそうに笑った。そしてポショットから小さな袋を取り出して俺に向かって差し出してきた。


「これは?」

「応援。一人の時に開けてね。」

 それだけ言うと、何か言いかけた遠藤を無理矢理引きずって教室を出て行った。男子生徒達からは殺意の波動が感じるが全く気にならなかった、

 その日家に帰ると、さっそく自分の部屋で藤原先輩からもらった袋を開けた。中にはクッキーが数枚と小さな紙が入っていた。それを開けるとかわいらしい文字で「頑張れ」と書いてあった。思わず顔がにやけてしまう。この手紙を机の上に飾り、俺は早速続きに取り掛かった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「お久しぶりです!!先輩!!」

 休みをもらって2週間後、放課後に文学部の部室に来ていた。すでに藤原先輩は来ていていつもの席に座っている。彼女は俺を見て嬉しそうに笑った。


「待っていたわ。さっそくだけど・・・2週間の成果を見せてくれる?」

「はい!!これです!!」

 俺は彼女に紙の束を差し出した。彼女はそれを受け取ると、ペラペラとめくる。

「これは・・・小説?」

「はい!!ただし、これは未完です!!」

「未完?」

 彼女は不思議そうに首をかしげる。俺は力強く頷いた。


「はい。最後のラストは俺と先輩で作り上げます。理由は読んでいただければわかると思います。そのうえでこの作品がハッピーエンドになるか、ビターエンドになるかは俺と先輩次第です!!」

「・・・どうしてそんな風にしたのか気になるけど新たな方法ね。いいわ。さっそく読ませてもらっても?」

「勿論です!!」

 俺が頷くと、先輩は俺の小説を読み始めた。俺は席に座って先輩が読み終わるのを待つ。小説はそんなに長いものではない。先輩ならじっくり読んでもそこまで時間はかからないだろう。読んでいる間は生きた心地はしなかった。普段なら先輩が本に中集中している時は遠藤と雑談するのだが、今日は遠藤には外してもらっている。二人だけでいたかったのだ。

 読み進めるうちに先輩の顔が赤くなっている気がする。気持ちが伝わっているのかわからない。心臓の鼓動が煩い。

 やがて先輩が最後のページを読み終わった。これで続きに行けると思い、口を開いたが、その前に先輩は再び最初から読み始めた。思わず転びそうになる。だが先輩の目は真剣だ。その様子を見ると何も言えなくなった。再び待つ。

 そして2回目を読み終わった後、先輩は顔をあげてこちらを見た。その顔は真っ赤だ。


「これって・・・。」

「はい。俺と先輩の物語です。」

 小説なんてかっこつけたが、内容はラブレターに等しい。俺が学校に入学して先輩に会ってから、恋をして、それから今日までの日々を綴ったものだ。先輩と話した内容、先輩をどう思ったかなど、先輩への思いを赤裸々に描いている。そして、その小説は今日先輩に読ませるところで終わっている。


「ここからが小説の続きです。」

 俺は一度深呼吸をして口を開いた。

「藤原先輩。俺は貴方が大好きです。初めて先輩に会ってからずっと先輩を思い続けていました。そしてこれからも先輩と歩んでいきたいです。」

「星野君。」

「お願いします。俺と付き合ってください。」

 彼女の目をまっすぐ見つめて言葉を紡いだあと頭を下げた。ここからは話はない。嘘を書きたくなかった。俺ができるのはこの物語がハッピーエンドになると願うことだけだ。


「・・・・ずるいよ。」

「先輩!?」

 気がつくと先輩は涙を流していた。先輩が泣くなんて想像してなかったので俺は慌てる。彼女は涙を手で拭うと満面の笑みで笑った。

「こんなの・・・・ビターエンドにできるわけないじゃない。」

「!!それじゃあ!!」

 彼女は俺の目をしっかり見つめて頷いた。


「星野君。私も貴方の事が大好きです。私でよければ末永くお願いします。」

「はい!!先輩じゃなければ嫌です!!先輩とずっと一緒にいたいです!!」

 嬉しくて涙が止まらない。先輩はゆっくりと俺の方に近づき、俺を優しく抱きしめた。

「もう・・・。泣き虫な彼氏さん。責任とってね。」

「え?」

「こんな小説読まされたら、私もハッピーエンドが好きになっちゃったじゃない。また本をお勧めしてね。」

「!!はい勿論!!これからも一緒に探しましょう!!」

「・・・・うん。」

 そう言って俺は先輩と引き寄せられるようにキスをした。どうやら俺が書いた小説はハッピーエンドで完結したようだ。たが、俺と先輩の人生は続いていく。これから色々な事があるだろうが、これだけは俺は自信をもってこう言える。




            やはりハッピーエンドは最高だぜ!!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この小説の結末を決めるのは先輩です。 川島由嗣 @KawashimaYushi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ