曰くより、愛を込め
真代あと
1 家鳴りの起こし
・ まえがき
{
さてさて。
これを今読んでるって事は、あたしは今そこに居ないって事だ。
寂しかろう。つらかろう。だけどそれもあんたが自分で選んだ道って事だろ?
応援はする事は出来る。でも直接は助けてあげられない。
それが世間だ。あたしがしてあげられる事は、精々がちょこっと退屈な今をかき乱してやる事くらいだろう。
まあ、楽しめ。あんたの為なら、あたしはいつでも一肌脱ぐつもりでいるからさ。
著者 AT
}
・
とても賃料の安い部屋を見付けた。
風呂ありトイレありエアコンもあり、畳敷きの一部屋だけどキッチンもある。築年数は古いらしい、けどそんなものは気にしなかった。ちょっと敷金が高いかなと思えたけど、大学四年間、通うのにも近いその物件は長期的に見ればとてもお得に思えた。
“掘り出し物は迷わず手に持て”。
まあ、ちょっとアレ的なマニア系の趣味を持つ人間にとって、これは絶対信条なのである。見付けた瞬間が縁の全て。値段とかに躊躇して、ちょっとでもその場を離れてしまったら、それが縁の切れ目だ。次に見た時にはもうその掘り出し物は消えている。それで幾つも苦い思いをした。
そんな訳で、情報誌でこの物件を見付けた時、いの一番に飛び付いた。
写真を見て、そこに映る綺麗な内装を見て、不動産屋に行ってとんとんと契約をしていった。
後になって思う。
普通、こういう時は部屋の下見くらいはさせて貰うもんじゃあないか? と。
気が逸っていた。なにせもうすぐ大学生。そして念願の一人暮らし。そして大学にも近いと文句のないブツで、
……まあその、取り敢えず結論を述べよう。
鍵を貰って、引越しを済ませ、腰を下ろしたこの部屋は、
いわゆる曰く付きな部屋なのだった。
1 家鳴りの起こし
引越し業者に荷物を運び込んで貰って、荷解きもしないまま、夕方には疲れが来てすぐに眠たくなった。
畳の床、これがとても良かった。実家との差をあまり感じなくて済む。そこに布団を敷いて、そこにぱたりと倒れ込んで、……でもやっぱりまだ寒いから、布団の中にもそもそと潜り込む。
……不安はあった。念願とはいえ、今までとは全く違う環境、状況。仕送りはあっても、やるべき事は全部一人で。炊事洗濯家事掃除、N○Kの襲来とか、変な押し売り勧誘とかも対処しないと。
この先やっていけるのか。何か失敗はしないか。ご近所付き合いとかも大丈夫か。
これから、どうなって――。
……ぐー……。
……。
……みし。
びくっ。
物音で目が覚めた。……んあ。なんだ。どこかから音が、
みしみし。
してる。変な音がしてる。身を起こして、周りを見る。……暗い。外はもう日が暮れてるっぽいけど、うん、変わったものはない。じゃあなんだこれ、これは家鳴りか?
寒暖の差が激しいと、家の木の柱とかの材質が収縮したりして、こうした音が出たりする。……前の田舎じゃ、別にこれは珍しいという程でもなかったんだけど、こんな都会の部屋でも鳴るのか?
……鳴るんだろうな。鳴ってるもんな。どういう事だよ鉄筋コンクリート。
でもまあ、家鳴りがするのはいい家だ、って婆ちゃんや爺ちゃんから聞いた事もあるし、気にしなくてもいいんだろう。
そうそう。普通普通。身を倒して、まぶたを閉じて、気にせずに寝てしまおう。
……ぐー……。
みしみしみし。
……、眠り落ち寸前に、そういう気になるのはちょっと。
……。
静かになった。一応身を起こして周りを見てみる。……やっぱり暗い。そしてなんにもない。
うーん、やっぱり新しい環境だからか。色々と神経質になってるんだろうか。なってるんだろうな。うん。些細な音が大きく聞こえたり。外の枯れ柳が幽霊に見えたり。窓からちょっと差し込む、外の街灯の光と影が妙に不気味に見えたりな。
よし。荷解きも早くしないといけないし、すっきりと、ばーっと、ちゃんと寝てしまおうっ。
ばふっと布団の中に。
……ぐー……。
みみみみみしっ。
「だーーーーっ!!」
飛び起きる。
なんだよそれ! 連続で鳴るとか! あれか? あれなのか? これは明らかに眠りを邪魔をしているんだと。そう受け取っていいのか?
畜生。こんな昔のコントみたいな事が――、
――ぅぁぁ……。
……。
今の、なんだ。
みしみしじゃない。声みたいな、……いや、んな訳ないよな。それこそ神経質になって、隙間風の音とかがぅぁぁ……。
……、ええと。
あんまり深く考えたくないんだけど。
どう考えても、さっきの声、はっきり聞こえた、女っぽい声。
――ぅ、ぅぅ……ぅぅぅ……。
……は、「あは、あはははは……」
お泣きになっておられる。思わず引きつり笑いが零れて来た。
これはあれか? まさかとは思うけどもしかしていわゆる世に言う、安い物件のお約束とか。隣からとかの声じゃないし。明らかにここで聞こえる声だし。
――ゆうれい。
想像してしまった。
やられた。やられたのか? 掴まされた? どうしようこれ、それよりここで一晩? 妙なのと一緒になんて――いやでも、
ここは、もう俺の部屋になったんだ。
そうだぜ畜生め、こんなのにびびって出て行くとかあると思うなよ。こちとら貧乏学生なんだ。金なしなめんな。
絶対に退かねえ。声だけじゃないか。俺だって寝言くらい言うわ。折角の念願、こんな程度で手放せねえ。
――ぅぅ、ぅぅ、ぅぁぁぁ……。
言ってろ言ってろ! 俺は絶対に寝る。――みしみしみし――それも効かない、邪魔すんな。ごごごごご――(妙な重圧)何が来ても変わらんぞ。
負けてなるものか。
――みしみし、ぅぁぁ……みしみしみし――。
――。
――ちゅんちゅん。
鳥の、さえずりが聞こえる。
布団から身を起こし、窓を開ける。朝日が眩しくて暖かい。思わず目蓋を手の影で覆った。
小鳥が、窓の手すりに止まっていたんだ。可愛い小鳥だ。
空気も、新鮮でおいしいなあ。
あはは――。
――ぅぁぁ……みしみしごごごご……。
……。
……さてと、
行こうか不動産屋に。
・
さて――何事も、始まりには誰もが戸惑うものだろう。
当たり前とか、常識とか、それは全部今までの経験から得られるものであって。
それがいわゆる怪奇と言われる非常識であっても、それを常識と捉える者が居ないとは、言い切れない程には世の中は広いと思う。思った。
幾百万の常識の中で、一つくらいは外れたものがありはする。宝くじの一等賞みたいに。そんな非常識があればいいなと、空想した事も誰でもいつかはあった筈。
これは例えるなら、百万分の一、からのお話の始まりだ。
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