第2話 遭遇

「神が導きし出会いに、感謝を」


 ルナベルが扉を開けた瞬間、黒いローブを纏った男が手を合わせながらそう呟いた。


 もうこの時点でこいつと会話してやる気はゼロになったが......態々私の家を訪ねてくるぐらいだ。用事くらいはあるのだろう。勧誘だったらフライパンアタックでストレス解消のチャンスだ。


「......私に何の用だ」


 わざと声を低くして、相手を睨みつけながらルナベルは言う。こうすれば、まともな奴は大体引き下がってくれる、はずなのだが......


「神の導き、だ」

「......あ?」


 突拍子も無く聞き馴染みも無い言葉に、眉を顰めながらルナベルは首を傾げた。


 神? 神って何だ? どこかで聞いた事ある気がするが......まぁいいや。しかしこいつ、まともとか以前に話が通じねぇなあ。何か腹立ってきた。これフライパンか? フライパンチャンスか?


 フライパンをベチベチと手に叩きつけて威嚇しながら、ルナベルは舌打ち混じりに男を非難する。


「や、だから要件を言えよ。ありがた~い神とやらのご案内でも、用事ぐらいあるだろ。それとも、本当に偶々ここに来たのか?」


 彼女の問いに、感情の無い機械のような声が応答する。


「神は全てを知っておられる。君との出会いは......神の御意思に他ならない。それだけだ、それだけに過ぎない」

「......?」


 何だこいつ、さっきから全く要領を得ないぞ。怒りや憤りを通り越して困惑してきた。とにかく早く帰らせよう。


「悪いが、今私は忙しいんだ。用事があるならまた今度に————」

「嘘、だな」

「は?」


 初対面のはずの男が、ルナベルの言葉をきっぱりと否定した。


「君は魔力が無く、魔法も使えずに引きこもっていると聞く。そんな君に、こんな朝からやる事があるとは思えないのだが」


 何でそれを知ってるんだ、とか。

 誰からそれを聞いたんだ、とか。

 それ以前に。

 淡々と、粛々と、地雷の上でタップダンスを踊る眼前の阿呆に、ルナベルは言った。というか......シンプルにキレた。


「だ・か・ら、魔力が無いから解決方法を探すために魔導書読み漁ってんだよ! 何だ、朝っぱらから私の事を煽りに来たのか? いい趣味してるぜホント、服の趣味も良かったら万々歳だったのになぁあぁおい」

「すまない。怒らせるつもりは無かった。ならば......質問を変えよう。何故、君は魔法に固執するんだ?」

「喧嘩を売ってるようにしか聞こえなかったけどな?? 神様とやらに脳みそ診てもらった方がいいぞ。......ていうか、何でそんなのお前みたいな奴に言わなきゃいけないんだよ」


 確かにそうだ、と言いながら男は頷く。


「ふむ。では、重ねて問おう。もしも......君が命をかければ、魔法が使えるとし————」


「やる」


 彼が言い終える前にルナベルは即答した。


「......命を、かけられるのか?」


「あぁ。


「そうか......」


 どうやら彼は満足したのか、会話はそこで途切れる。玄関前に無言で立つ大男。何の時間だこれ、はよ帰れよ。


 私が斜め右下30°を眺めながら溜息をついたその時。その時だった。


「これも神の思し召し、か......」と。


 男は......さっきの無感情の声とは裏腹に、やけに悲しそうで寂しそうで、それでいて声で、ぽつりとそう呟いた。


 瞬間。ルナベルは————首の横に、微かな痛みを感じた。


「............は?」


 突如として、目の前の景色がドロリと溶ける。靄がかかった視界の中で、どうにか視線を下に向けると————首の横に注射器が刺さっていた。


「何、の......つも、り......」


 男に問うが————返答は無い。そのまま、ルナベルの体内に注射器の中のナニカが流し込まれる。......段々と、彼女の意識が霞んでいく。


 神経毒ってやつか? 何だってんだ一体......人の恨みを買った覚えはないぞ。くそ、こんな所で死んでたまるか。死ん、で、たま......

 

 ドサッ、と自身の体が地面に落ちる音と鈍い痛みを最後に————彼女の記憶はそこで途切れた。

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