世界で何番目

@waaaa05

世界で何番目


バイト終わり、駅前で久しぶりにナンパされた。

その人はばったり知り合いに会ったときのような顔で私に話しかけてきた。

「こんばんは。これから一緒にご飯食べに行きませんか?」

私は、どんな反応をするのかと思い興味本位で言ってみた。

「いいですよ。」

実は知らない人と食事するなんて初めてだ。

ナンパなんてしなさそうな爽やかな男性だった。嬉しそうな顔をして聞いてきた。

「お名前教えてください。」

「ゆう。優しい雨で優雨。」

「へえ、おしゃれな名前ですね。僕、愛に斗で、そのまま、あいと。」

やっぱり声をかけてくるだけあって慣れている話し方だ。何気ない話をしながら店まで歩いた。

店に着いて、注文した料理が机に置かれた。

「なんで来てくれたんですか。」

「興味本位です。奢ってくれますよね。」

好かれる理由もないと思い正直なことを言った。

けれど、少し言い方に後悔した。

「もちろんですよ。興味本位でも嬉しいです。」

見た目よりも中身は大人なんだなと思い、ほっとしたが、同時に、自分の幼さを実感した。

「あと私、彼氏います。」

これも正直なことだ。私には彼氏の祥太がいる。1年前に告白されたから、付き合った。

「え。優雨さん面白いですね。彼氏さんに見つかったらまずいですか。」

確かに、あの人はどんな気持ちになるんだろう。怒ったり泣いたりしてくれるんだろうか。それでもいつも私は。

「好きになれないんです。」

小さい時から初めてのことは嫌いなのに、何にもこだわりがなかった。そういえば昨夜のスマホ依存症のニュースの特集を見た時でさえ、その人が羨ましいと感じてしまったほどだ。何かそれだけじゃ、その人じゃ駄目だっておかしくなってみたい。依存してしまいたい。今頃になって、そんな思いが大きくなり始めていた。今までは、そのままの私でも人と付き合うことも仕事することもできてしまっていた。スケールの大きな感情なんてなくても言葉を使い、時間を使い、体を使えば、恋愛はできた。言われたことをしていたらお金はもらえた。だが少しずつ、心のずっと奥の方から藍色の絵の具が水に薄められるような感覚があるのを感じていた。それは寂しさと劣等感に似ていた。

愛斗さんはまっすぐ私を見ていた。

「多分恋するのも才能ですよ。ないんだからしょうがないじゃないですか。」

気がつけば私は自分の話ばかりしていた。いつもの私ではなかった。この人とはもう会わないから、どんな私を見せても困らないと思ったのだろう。

それでも愛斗さんは全て肯定して聞いてくれた。

「分かります。恋はタイミングって言いますけどね。」

私だって、タイミングなんて気まぐれなものに振り回されてみたい。そう思いながらご飯を頬張った。

食べることよりも話すことに集中した食事なんて久しぶりだった。いつも感情的にならない分、一度そうなると調節が難しいみたいだ。私は拗ねたように言い放った。

「世界にたくさんの人がいるのに絶対にこの人なんて言えないと思いません?」

愛斗さんは少しだけ微笑んだまま頷いていたが、箸を持った手を止めて

「素敵だなぁ。」

と呟いた。何を言うかと思えば。やっぱり私を口説くことしか考えていないのかもしれない。すると

「誰よりも恋愛に真面目ですね。世界はたくさんの人がいるのに、かぁ。世界で1番の人と付き合うこと以外意味がないってことですよね。」

私は、言われてから少し考え、それからはっとした。

「いま、私、世界で1番の人となら何か違うかもって希望もってるの気付きました。」

愛斗さんはまた嬉しそうな顔した。

「優雨さんは恋をする才能あるんじゃないですか?」

少しドキッとした。自分らしくなくて、そんな自分を誤魔化したくて、笑ってしまった。

「愛斗さんはどうなんですか。」

「僕は最初は誰でもいいですね。女の子って可愛いなあって。いろんなことお話しして、恋愛して、別れてを繰り返してます。」

なるほど、だから私は声をかけられたのかと思った。私だけじゃない大勢の女の子たちがこの人と出会っていると思うと変な気持ちになった。

「なんか私たちっておかしいですね。」

「そうですね。」

そう言うと愛斗さんも笑った。

私たちは店を出た。愛斗さんは言っていた通りに私の分までお金を払った。そして、彼氏さんもいるようですしと言って去って行った。振り返らずにまっすぐ歩いて行く愛斗さんの背中を見て、私は、体に空気が巻き付いてくるような圧迫感を感じた。私は寂しいのだろうか。分からないまま家までの道を歩いた。

その次の日もバイトだった。バイト中は、ずっと愛斗さんのことを考えていた。変な人だったけれど、ついて行った私も変だった。きっと疲れていたのだ。愛斗さんだから良かったものの、他の男性について行けば、危ない目に遭うこともあったかもしれない。今頃、愛斗さんはなにをしているだろう。バイトが終わるともう夕方だった。スマホには一件の通知があり、祥太からの会おうという連絡だった。夕方のチャイムが鳴り終わり、暗くなって子供達が帰る頃に私たちは公園に着いた。さっきまでカラスが鳴いていたが、静かになった。やわらかな風が吹いた時、祥太が口を開いた。

「ずっと一緒にいたら変わると思ってた。」

深刻な顔つきでいる祥太を見た私は、彼がこれから何を話すのか薄々勘付いていた。だけど私には静かに聞いていることしかできないと思った。

「俺のこと好きになって欲しかった。」

やっぱり、一緒にいたらばれてしまうのだ。私の祥太への気持ちは、告白された時から変わっていない。

私だって大好きになりたかった。私だって好きになれると思っていた。言い訳ばかりが頭に浮かんでくる。祥太の目は冷たくて、怖かったけど、それよりも怖いのはこの自分だった。

「なんでお前は。」

祥太は泣いていた。これは私が招いた結果だった。好きが分からないまま付き合うなんて、そして結局好きになれないまま終わった。いや、彼は好きになってもらえないまま終わった。こんな時まで自分のことが先に出てくるのは、私は少しも祥太のことが好きではないってことなのだろうか。分からない。だけど間違いがないことは、私は祥太を傷つけたのだ。

「ごめんなさい。」

好きになれなくて、あなたを傷つけて、いつも自分勝手で、それでいて、まだ好きが分からなくて。まだ、これ以上傷つけないようにする方法を考えている途中だった。だけど、私の口が勝手に言ってしまった。

「別れてください。」

祥太はまだ泣いたままだったが、すぐに

「言えたんだな。」

と言い、涙でいっぱいの目を私に合わせてから、走って行った。それは一瞬のことだったはずなのに、すごくゆっくりだったように感じた。走る足音は、終電を逃してしまい、聞きたくないのに聞こえてくる電車の車輪の音のようだった。だんだん小さくなっていき、消えてしまった。私はやっぱり涙を流せなかった。こんな私が流せるわけもなかった。こんなところを、公園に見られていたからここでいるのは気まずかった。私は走り出した。祥太が行ってしまった方向とは逆の、駅の方向だった。

道は駅から出てくる仕事帰りの人々でたくさんだった。人混みの中を走ったことはなかった。

「愛斗さん!」

何かを求めて走ったこともなかった。

私が来たのは昨日と同じ場所だった。

「え、優雨さん。どうしたんですか。」

まさか今日もいるとは、と思ったけれど安心した。するとなぜか涙が出てきたのだ。そして涙と同じように止められなかった言葉が溢れた。

「なんで、どうしたんですか。」

「私、彼氏と別れてきました。愛斗さんは誰でもいいんですよね。」

愛斗さんはハンカチをバッグの中から出し、私の涙を拭った。優しい笑顔をして

「はい。」

と言ってから、あっと思い出したように私に言った。

「優雨さん、ちなみに僕は世界で何番目ですか。」

私は戸惑うことなく、すぐに答えた。

「1番です。私、日本語しか話せないので。」

愛斗さんは、ははっと大きく笑ってくれた。

「よろしくお願いします。」

私はこの感情を感じるのは、人生で初めてだった。なのになぜか、心地よかった。

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