21.厄介な話
未練がましい目で僕を見るな。
お前は僕にどうしろと言うんだ。
叩きつけたい台詞が八つ当たりの一種であることはよくわかっている。その証拠に、こうして彼女と別行動を取ったことを、早くも後悔している自分がいた。
今日の外出を関係修復の良い機会と捉えたのは、杏輔だけではないはずだ。しかし、二人きりの気まずさが耐え難いばかりに、そのチャンスを自ら棒に振ってしまうとは。
頭には、
「……くそっ」
口から漏れた悪態に、
「元はと言えば貴様のせいだぞ……」
「……****」
不安そうではあるが、どこか申し訳なさそうな仕草を見せる彼に、方向転換した怒りの矛先も萎えてしまう。
ため息一つで気持ちを切り替え、杏輔は翠羽の持つ手提げ鞄の中へ手を突っ込んだ。すぐに目当てのものに触れる。それは、大きな封筒に入った書類の束だった。
絢世がクローヴィスに頼まれ事をしていたのと同様に、杏輔にも彼からある依頼がされていた。違っているのは、自分が彼女のように何でもかんでも言いふらさないという点である。
一番上の紙をめくると、現れたのはびっしりと並んだアルファベット。知っている単語も散見されるので、今度こそ英文だろう。
この書類は、翠羽の言動や書いたものなど、気づいたことのとにかく全てをざっとクローヴィスがまとめ、検討した記録だという。意見を聞かせて欲しい、と預けられたのだが、まずこれを解読するのに骨が折れそうだった。日本語の要約が端に添えられているものの、全体の文量に対して明らかに足りていない。
真剣に読み込むのは後にするとして、ぱらぱらと紙をめくって目を通していく杏輔。時折、翠羽の手による拙い絵が張り付けられており、隣で彼が楽しそうな声を上げた。
「……これ」
そう厚くもない束の終わりの方で、杏輔の目が一枚の図に吸い寄せられた。それまで並んでいた絵がどれも正体不明だったのに対し、これは自分にも見覚えのある形をしている。世界地図だ。ただし、現在の、ではない。
「確か、パンゲアだったか?」
パンゲアとは、はるか古代の地球上に存在した大陸の名。海洋の底をゆっくりと動くプレートによって、巨大なそれが現在の大陸の形に分割されたのだという。杏輔がそれを知っていたのは、たまたま何かの特集記事で見たからだった。
だが、この地図はどこかがおかしい。大陸がぎゅっと海の中央に集まっている点は記憶の通りだが、どこか違和感が拭えない。答えが出ないままにもう一枚ページを進めると、再びパンゲアの図が現れた。今度のものはクローヴィスが資料からコピーしたらしく、ご丁寧に出典まで記載されている。
二つ目の地図を目にした途端、違和感の正体が掴めた。特集記事には、アフリカ大陸の西岸と南アメリカ大陸の東岸の線が重なる、という記述があったのだ。しかし、翠羽の描いた歪なパンゲアではその海岸線はまるで違う位置にあり、全ての大陸が日本を押しつぶすようにして集まっているのである。
「*****!」
嬉しそうに、ひしゃげた大陸の一部を指し示す翠羽。丸く印のついたその場所には、翠羽の文字と「HOME?」という走り書きが並んでいる。
今の世界は、大陸を乗せたプレートが気の遠くなるような歳月をかけて移動した末にできた。ならば、同等の時間をかけてさらに移動し続ければ、いずれはこの絵のような知らない形のパンゲアが生まれるのだろうか。
この少年は、そんな遠い未来から来たとでも?
「……、まさかな」
そんな理屈の通らない話はない。あらぬ妄想を振り捨て、杏輔はクローヴィスの文書を封筒にしまい直す。
特に期限は言われなかったから、解読はテスト後でも構わないだろう。厄介な案件は他にもまだあるのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます