14.双子の兄

 周囲の商業ビル群に比べれば低いものの、勇哉ゆうやの先導でたどり着いた先は、煉瓦れんが色をした洒落たマンションの最上階だった。エレベーターにも廊下にも監視カメラが光っている。

 勇哉がジャージのポケットから無造作に、普通の鍵とカードキーとを引っ張り出す。ドア1枚隔てた向こうに、テレビに出てくる有名人がいるのだ。絢世あやせの心臓が今更ながらに高鳴った。

 ピピッと電子音がして扉のロックが外れた。同時に、目の前の青年とそっくりな声が中から届く。

 

「お帰りなさいあなたご飯にするお風呂にするそれともわ、た、し?」

「気色悪ぃことぬかすなッ!」

 

 怒鳴って、手にあったカードキーを投げつける勇哉。

 

「うわっ、危ないなぁ。当たったらどうするのさ」

「金属の方じゃなくてマシだったと思え。客だ、客。第一印象最悪だぞ、お前」

「お客さん? ヤスさんじゃなくて?」

 

 靴を脱いだ勇哉が場所を譲り、ようやく部屋の様子が絢世達の前に広がった。

 フローリングの廊下を少し行った先に、いきなりどかんと黒いソファが置かれている。どうやらそこがリビングで、普段はしきりの役目を果たしているらしいストリングカーテンが、現在は左右に分けて寄せられていた。

 そしてそのソファの腕に、逆さまの顔が乗っている。勇哉とほとんど同じそれは、こちらこそ本物の三条慧哉けいやその人だ。

 

「……」

「……あ、どうもー」

 

 とりあえず挨拶してみた。

 

「……可愛い女の子と、文化系っぽい眼鏡君と、見るからに人畜無害な男の子」

 

 仰向けの、かなりだらしない姿勢のまま彼はこちらの3人を値踏みすると、その視線を弟の方へスライドさせる。

 

「これは誰に負けたんだとしても格好悪いねぇ、勇。何か申し開きがあるなら言ってごらん?」

「うるせぇな……。いいからちゃんとしろよ、みっともない」

 

 嫌そうな顔を残して、脇のドアから別の部屋へと消える勇哉。後を追うべきか迷う絢世の耳に、くすくすと笑い声が届く。

 

「放っときな。おおかた、僕に会わせるって条件出したことが自分で気にくわないんだよ。それより話を聞きたいな、上がって」

「あ、じゃあ……、お邪魔します」

 

 会釈を返し、絢世が自分の靴を揃えている間に、隣でさっさとローファーを脱いだ杏輔きょうすけが遠慮の欠片もなく上がり込む。翠羽すいはを待ってから彼に続くと、慧哉は角の一人掛けに移っていた。ゆったりと足を組んで、さっきまで寝そべっていた長いソファを勧める。

 

 先に勇哉を見たせいか、テレビに映る姿より目の前の慧哉は線が細い印象を受ける。緩いピンク色のVネックにスリムなグレーのパンツ。艶のある蜂蜜色の髪は、今は左肩で軽くまとめられている。

 

「ええと、突然お邪魔しちゃってごめんなさい」

 

 落ち着いたところで、本題に入る前に頭を下げる絢世。

 

「あの……、勇哉さんには最初駄目だって断られたんですけど、こっちの翠羽君が物さ……、剣道で勝って、それで」

「心配しなくても、こんなことで勇を怒ったりしないよ」

 

 こちらの台詞を先取りし、慧哉はにっこりと笑顔を見せた。察しが良い。そういえば、勇哉が勝負をしたことも、何も聞かないうちから見抜いていた。

 

「名探偵だから、これくらいはね」

「はっ」

「僕はこれでも、勇には感謝してるんだ」

 

 杏輔の嘲笑はさらりと流して、絢世だけに語りかける慧哉。余りに鮮やかな無視っぷりに、暴君の額に青筋が浮く。

 

「普段は照れくさくってこんなこと絶対言わないんだけどね。僕はほら、仕事上どうしてもスキャンダルとか気をつけないといけないでしょう? 勇のやつ、頼んでもいないのにそれを気にかけてくれててさ……。こっちこそごめんね。あいつ、キツいこと言ったんじゃないかな」

 

 問いかけというよりも、自分自身に確認するような口調の彼。茶色の瞳が優しげに細められる。

 

「許してやってね。僕を心配してのことなんだ。本当、勇には感謝してるし、勇が信用した君たちも悪く思うところなんて無いんだよ。勇の人を見る目は確かだし、なによりあいつは優し」

「やかましい!」

 

 ばん、とけたたましく扉を開き、話題の彼が怒鳴り込んできた。トレイを手にしたその顔は耳まで真っ赤である。

「思ってもいねぇことをつらつらつらつらいつまでも……! てめぇは俺を褒め殺しにする気か!」

「やだなぁ、勇。褒め殺しってのは相手を褒めて恥ずかしさで殺すわけじゃなくってね、ひとつ目の意味としては相手を甘やかす結果を招くこととか」

「んなこたぁどうでもいい!」

 

 吼える弟に、けらけらと腹を抱えて笑い転げる慧哉だった。どうやら彼の存在に気づいた上での、わざとの発言だったらしい。

 実物の三条慧哉は、とんでもない曲者のようだった。

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