10.双子の弟

「あ、萩野はぎのちゃーん。そこ座っていいー?」

 

 背後から掛けられた声に振り返ると、トレイを手にした男子生徒が立っている。周りを見渡してみれば、杏輔きょうすけの隣の他に空いている席はほとんどなかった。

 

「いいよね? 同じクラスの芳川よしかわ君」

「僕が駄目だと言っても聞かないだろう、お前は」

 

 しかめ面の杏輔が、それでも荷物をどけてくれた席に、芳川はカツ定食の乗ったトレイを置く。一見おとなしそうな容姿に似合わず、かなり豪快な大盛りだった。

 

「ありがとー。助かったわマジで、食堂ってこんな混むのな。俺、芳川智宏ともひろ。入学祝いテストで2位だった神崎だろ? 知ってるよ」

「ああ、1位はどこぞの普通科の何とかいう生徒だったな」

「……あれ、もしかしてこの話題禁句?」

 

 そのテストで杏輔を破って学年1位に輝いたのは絢世たちと同じ普通科1年C組の吉口よしぐちで、以来杏輔は彼を一方的に敵視していた。禁句と言えば禁句である。

 

「そっかー、てっきり頭良い同士、気も合うのかと思ってたわ、うちのヨッシーと」

「神崎と仲良くできる奴なんて滅多にいないよ、芳川」

「そういう黒姫くろひめちゃんは結構仲良い方でしょ。一緒にお昼食べるくらいには」

「あたしは絢ちゃんとお昼食べてるの! 神崎は余計なの!」

「僕からすれば貴様が余計なんだがな」

 

 両者のにらみ合いが喧嘩に発展する前に、絢世は慌てて話題を変えた。

 

「芳川君、そんなに食べるんだね。びっくりしちゃった。部活、運動系だったっけ?」

 

 興味深そうに杏輔とかえでを眺めていた芳川が、大きなトンカツを飲み込んで頷く。

 

「剣道部。意外でしょ。俺はでもエンジョイ勢だから、朝練とか出てないよ。師範も夕方しか来ないし」

「師範? 体育の先生じゃないんだ」

「そう。結構その筋では有名な人らしくってねー、たまにうちの生徒だけじゃなくて、小学生とか社会人とかも指導受けに来てるよ。一部勇哉ゆうやさん目当ての女子もいるけど」

「勇哉さん?」

 

 首を傾げる絢世に、芳川は得意げに頷いた。

 

「三条勇哉さん。俳優の、三条慧哉の双子の弟。かっこいーだけじゃなくって、めちゃくちゃ強いんだぜ」

「えっ、本当?」

 

 思わぬところで三条慧哉への繋がりが出てきた。身を乗り出す絢世に、自慢げな笑みを返す芳川。

 

「そうか、三条慧哉は瀬城の出身だったな……」

 

 呟く杏輔が詳しいのは、以前妹である莉子りこのために調べた経験があるためだ。中学の頃、彼が珍しく芸能雑誌なんか買うので、質問責めにした覚えがある。

 

「……会えるかな?」

「絢、いちいち首を突っ込むな」

「だけど、黙ってるのも悪いよ。せっかくのチャンスかもしれないのに」

 

 この機会を逃したら、翠羽が求める友人の手がかりを失ってしまうかもしれない。その思いが、絢世を次の行動へ駆り立てた。

 

「芳川君、剣道部って見学行っても大丈夫?」

「絢」

「剣道部の見学じゃなくて、勇哉さん見に来るんだよね、その流れ」

 

 いいけど、と苦笑気味の芳川。

 

「ただ、あんまり慧哉さん目当てです、って顔すんなよ? 騒ぎにならないように結構気ぃ使ってるみたいだからさ。それ以外ならめっちゃ良い人だよ」

 

 ある意味、ファンや記者よりよほど慧哉目当てではあるのだが。

 クローヴィスに全力のタックルをする翠羽の姿が脳裏をよぎるも、表面上は「もちろん」と笑顔を芳川に返す絢世だった。

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