6.夢

――リェールくん。

ありがとう、リェールくん。

あなたのおかげで。

あたしは。


「リェール?」


 額に冷たい手が触れ、クローヴィスの意識は覚醒する。心配そうに覗きこんでくる『すいは』の瞳が、薄暗い視界の中に揺れている。

 午前二時、四十六分、十八、十九、二十。

 枕元の目覚まし時計が刻む、規則正しい秒針のリズム。

 ゆるゆると長く息を吐き出し、クローヴィスはベッドから上体を起こした。慌てて場所を空けた『すいは』は、彼のために用意されたマットレスには戻らず、ぱたぱた足音をたてて台所へ消える。

 

 嫌な汗をかいていた。額に張り付いた前髪をかき上げながら、今見た夢を反芻する。

 『すいは』を預かって以来、毎晩語りかけてくる女性の夢。涼やかな声音には友人か、それ以上に近しい間柄の相手へ向ける、親愛の情が溢れている。

 だがあいにくと、クローヴィスに彼女の覚えはない。

 柔らかな微笑み。太陽の光がちりばめられたような、まばゆい金色の長い髪。

 彼女も、自分のことを『リェール』と呼んでいた。

 

 ずきん、と不意に左目が痛み、思わずクローヴィスはそこを手で押さえる。

 『すいは』が戻ってきて、水を注いだグラスをこちらへ差し出した。心配そうなささやきはまだ理解できないが、豊かな表情や仕草のおかげで、なんとなく意志疎通ができるようになっていた。

 グラスを受け取った逆の手を伸ばして、『すいは』の頭を撫でてみる。

 困ったような、照れくさいような表情をされた。

 感謝は伝わったが、子ども扱いはしないでほしい、といったところか。


 夢の中の女性は、ありがとうと言っていた。

 言葉は通じるのだ、『すいは』と違って。

 しかし、夢は毎回、同じシーンで途切れてしまう。


 彼女が誰であったのか、クローヴィスはまだ思い出すことができない。

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