2.日常と

 結局、反逆者とやらはまだ見つかっていないらしい。サンドイッチを口に運ぶ杏輔の、むすっとした表情を見ればわかる。

 絢世から事の顛末てんまつを聞いていた青年が、杏輔のその顔で耐えきれなくなったらしく、とうとう声を上げて笑いだした。

 

「あっ、ひどい。恥ずかしかったんですよ、あたし」

「……会長、笑い事では」

「ああ、悪い。っつってもなぁ、なんて言うか、まあ、神崎らしいな」

 

 つややかな銀髪に、宝石のような深い紫色の瞳。目の覚めるような美貌の持ち主だが、一番の魅力はそれを鼻にかけない気さくな人柄だろう。

 美浜山高校全生徒の憧れの的たる生徒会長、早乙女風璃さおとめふうりその人から輝くばかりの笑顔を向けられては、さしもの杏輔も文句を引っ込めるしかないようだ。

 

 美浜山高校は大きく3つの校舎に分かれている。

 在籍者が最も多い普通科の生徒が使う南棟。進学科の教室や実験室がある北棟。少し離れた管理棟。

 それらの建物がコの字に配置され、中央庭園と食堂を囲んでいる。

 

 庭園の端には、見事なアジサイの群落に囲まれた小さな東屋が設置されていた。

 たまたま昼食場所にと選んで来てみたところ、なんと学校のアイドルと遭遇し、しかも彼は恋人と待ち合わせ中だと言い、さらに現れたその恋人が自分の友人であったのだから、その時は驚くばかりだったことを覚えている。

 その事件以降は杏輔も加え、こうして4人で昼食を囲むことも少なくない。

 しかし。

 

「神崎なんかどうでもいいじゃん。それより風璃、週末どこ行く? あたし水族館行きたーい」

「おい黒姫、なんかって何だ。貴様の話の方がよっぽど下らないだろうが」

「下らないって何よ! 只でさえ貴重なデートの時間を邪魔してるのはそっちでしょ!」

 

 案の定、気の合わない杏輔とかえで。この両者は顔を合わせる度に口論が始まるのが常だった。最初の頃は二人を宥めてくれた風璃も、すでにこのやりとりを日常として受け止めてしまっており、今ではそれぞれの言い分を公平に聞き流している。

 そのため、仲裁はやっぱり絢世の役目となっていた。

 

「あんたなんて、絢ちゃんがどうしてもって言うから、仕方なく仲間に入れてやってるだけなんだから。でしゃばるのもいい加減にしてよね!」

「ごめんね、姫ちゃん。キョウちゃん、あたしの他に、一緒にご飯食べる人居ないんだ」

「萩野、それフォローになってねぇよ」

「え、そうですか?」

 

 言及された杏輔本人は、しかし落ち込むでもなく、腕組みをしてふんぞり返った。

 

「そうだ、絢。お前が黒姫の味方をしてどうする。お前は僕の駒だろうが」

「またそうやって。そんなんだから友達できないんだよ。もう、付き合ってらんない」

 

 偉そうなその発言に、怒りを通り越して呆れたらしく、ため息をつくかえで。

 杏輔が絢世を自分の駒と称するのは、なにもこれが初めてのことではない。いちいち訂正するのも面倒なので、彼なりの親愛表現なのだと考えることにしている。

 

「貴様なんぞ元から要らん。使える人間が必要なだけいれば充分だ」

「あたしだって、風璃がいればいいもん」

 

 べぇ、と舌を出して、彼女は風璃の腕にからみつく。

 すぐさま口論の二回戦目が始まり、宥めようと口を開き掛けた絢世の目に、きらりと小さな輝きが映った。

 

 足下に小さな鈴が転がっていた。拾い上げたそれは、彫り込まれた繊細な花の細工といい、複雑に編まれた組み紐といい、どことなく神社のお守りを思わせる神聖さがある。

 きっと誰かの大切な物だろう。届け出た方がいいかもしれない。

 軽く振ってみると、鈴はちりんと涼やかな音色を響かせた。

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