紅のバッテリー

@1RUKA

第1話 「野球」

「野球」

九人編成の二つのチームが各9回ずつ攻撃と守備を交替しながら得点を争う。攻撃側は守備側の投手の投げる球をバットで打ち、四つの塁を回って得点する。

”全員”で3つのアウトを取り、”全員”で1点を取る球技である。



──目の前に見えるバックスクリーン、自分にしか見えない景色、並ぶ8

  つの0と2つの赤いランプ

  甲高く響く金属音

  上を向く

  自分の目に映る高く舞い上がる白球と左手のキャッチャーミット

  これを捕って前を見た時、見えるのはどんな眺めだろうか。

  どんな風に目に映るのだろうか。

  ”頂上の眺め”

  おれが見るはずのなかった景色、おれだけでは決して見れない景色

  でも、こいつと一緒なら、こいつらと一緒なら見えるかもしれない景色──





 『これが”マウンドの王様”』

──そうスタンドでスマホから見ていたテレビの実況が叫ぶのが聞こえた

夏の県大会。戦っていたのは僕の通う「紅葉高校くれはこうこう

スポーツになど、野球になど、興味はなかった。

全校応援だから行っただけだ。

味方のミスは多かった、本当にそいつの味方なのか疑いたくなるほどだった。

でもそいつは投げ続けた。次々とバッターがベンチに帰って行った。

あいつの投げる球は綺麗な回転だった。美しいとさえ思った。

なぜか惹かれた。理想だと思った。

”もっと近くで見たい”

心が躍ったのを覚えている。




「お〜い、起きて〜」

僕、星宮紅ほしみやこうの眼前には、幼馴染で隣人の日色楓ひいろかえでが立っていた。だいぶサイズの大きい制服を纏った華奢で小柄な女子。猫のように大きな二重の目は、朝だからかいつもよりやや小さい。普段は白い頬にも枕の跡がつき、赤くなっている。彼女は軽くウェーブのかかった長い黒髪を結わってポニーテールにすると、僕の体をゆすりだした。

「今日から部活行くんでしょ〜、早く行かないと入部届、朝のうちに出せなくなっちゃうよ〜」

無言でベットから出る。

「はい、着替えてー、外で待ってるから」

そう言って楓は出て行った。来なくていいと言っているのに楓は、毎日やってくる。

楓いわく

『紅はいきなり倒れたりするんだから一人で暮らしてて、朝もう起きなかったらどうするの?』

らしい

僕は中学生の時に頭の手術をしている。重篤な状態だったけど手術は無事成功し、こうして生きている。なぜ手術をしたのかは覚えていないけど、この手術のおかげで画像記憶と物理現象の高度な予測ができるようになった。たまに倒れるくらいなら安いもんだと思う。元々全国レベルの模試で一位以外はとったことがなかったけど、より突出した成績になれた。

その成績から僕は「天才」と呼ばれている。

ともかく、僕は今日から野球部に属することにした。

スポーツなんて”野蛮”なもの、僕はやらない。

あくまで、あいつが投げる球が物理現象として面白かったから入部するんだ。

参加はしない。いい塩梅でやる。



扉を開けて外に出る。楓が外壁に寄りかかっていた。

「おはよー」「おはよう」

いつもの挨拶。

学校に向かって歩き出す。僕が通うのは、家から徒歩10分ほどの距離にある紅葉高校。

文武両道、進学科では毎年全国でも有数の進学実績を残す。

スポーツでは、全国大会常連、どの部も強豪である。

「いきなり野球部に入るだなんてどうしたの?」

「別に。野球で起こる物理現象に興味が湧いただけ」

「またそんなこと言って〜、なんか紅の人生つまんないね」

「つまんなくない。興味のあることに邁進することは悪いことじゃない。そもそも物理学は」

「はいはーい、わかりましたー」


「…ねぇ、本当に大丈夫?」

「何が?」

「体とか…」

「大丈夫、最近は特に何もない」

「ご両親には伝えたの?」

「伝える必要ない、所属する部活くらい自分で決める」

「そっか、わかった」

そうこうしているうちに職員室についた。

「じゃあ俺出してくるから」

「わかった〜。じゃあね〜」

ドアを開ける。まだ来ている先生は少ない。目指すのは入り口から一番遠い区画。新人の先生が配置される場所。そこに目当ての先生はいた。

「松先生、お時間いいですか?」

「…えーと、星宮くんって、あの?」

「はい、1年H組の星宮紅です。これをお願いします。」

入部届を差し出す。

「……はい、えーと………」

そう言って松先生、正確には松七五三まつしめ先生は動かなくなってしまった。

新人の先生でこの先生が野球部の顧問だ。若くて人気なおっとりした男の先生だ。

受理されたということだろうか、まあ、先生も忙しいということかな。

そう思い職員室から退出した。



「え、あ、星宮くーん、え!星宮くーん、ちょっとー、星宮くーん」



さぁ、教室に向おう。

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