しあわせ

@sora_skyblue

これはただの___

これはただの幸せな話

「あ、四葉のクローバー!」

「あら素敵、しおりにでもしましょうか」

なんて事ない普通の母娘の会話。

「これね、パパにあげるの!」

「ふふ、優しいのね。それじゃあ綺麗にラミネートしておリボン通したら箱に詰めましょうか」

「うん!可愛い箱に入れてあげるの!」

「きっとパパ喜ぶわよ」

その娘は四葉のクローバーを片手に、母に手を引かれ、家へと帰る。

「パパにプレゼント!」

「…綺麗なクローバーだな」

父親は、机に置かれたそのクローバーを手に取ると、ボソッと小さく呟き、嬉しそうにはにかんだ。

そして、しばらく眺めたあと、それを机に置き直すと、徐に立ち上がる。

「さて、晩飯を作ろうか。」

「いつもありがとうね」

父親が作ったのは、オムライス。3人分のそれを食卓に置き、自身の分が置かれた席に腰をかけ、両手を合わせる。

娘と母も、それぞれの席につき、手を合わせた。

「美味しそう!」

「えぇ、そうね。」

はしゃぐ娘に、落ち着いた口調で返す母。そして自身で作ったオムライスに舌鼓を打つ父親。

暖かな匂いが、その場を包み込む。

最初に食事を終えたのは父親だった。両手を合わせ、ごちそうさまと唱える。空になった皿を持ち、シンクの方へと歩けば、洗剤をつけたスポンジで、軽く手洗いし、食洗機へと入れていく。

そして、未だ洗われずシンクに残った他の食器にも手をつければ、軽く手洗いして食洗機へと入れる。

「いつもお皿洗ってくれてありがとうね。」

「パパいつもありがとー!」

そんなふたりからの感謝の言葉に、返事はせず、ただ洗っている皿を見て微笑む父親。

その後残った二人分の皿も片づけ、風呂掃除をし、湯を沸かす。

「ママー!遊んで遊んで!」

「はいはい」

そうして父親が家事をしている間、母と娘は仲睦まじく遊んでいた。今日の四つ葉のクローバーのことを話したり、母の考えた話を聞かせたり、手遊びをしたり。

そうこうしている間に、時刻は10時を過ぎていた。

「あら、もうこんな時間。ほら、良い子は寝る時間ですよ。」

「はーい!ねーね、今日はパパも一緒に寝ていい?」

「そうね、特別よ。」

「やったー!!」

そうはしゃぐ母と娘。

すると、家事の仕上げに家を軽く掃除して、寝室へと向かう父親の姿があった。仕事疲れだろうか。2人の会話には見向きもしていない。

「それじゃあ、歯磨きしてからパパのところ行きましょうね」

「うん!」

父親が寝室に入り数分後。遅れて部屋に母娘が入室する。

「パパはもう寝てるみたいだから、静かにお布団入りましょうね。」

「はーい!」

小声でそんなやり取りをしながら、2人はベットの中に慎重に入る。父親は起きる気配がなく、ただ寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。

深夜2時、父親は目を覚ました。

やけにクマの多い目元を擦り、ベッドから降りる。

風呂場へと向かい、服も脱がずに浴槽に入って、病院で処方された睡眠薬を多めに口に含み、脱力する。

段々とその瞼が落ちてゆき、ついにはその身体を、頭を、水の中へと沈ませてしまった。

最後に、彼が発した言葉は「2人ともごめんな、」という、最愛の2人に遺した言葉だった。

_______

「あのマンションの噂知ってる?」

「何の話?」

「ほら、駅のすぐそこにあるマンションの904号室。駅近で階も上の方なのにあの部屋だけ異常に安いじゃない。」

「あぁ、確かに…」

「去年、あそこの風呂場で男性の死体が見つかったんだって。」

「えぇ?それ本当?」

「ほら、去年ニュースになった母娘居たじゃない。近所の公園に行ったら変質者に殺されて、その死体を四つ葉のクローバーが咲いてた地面に埋められたってやつ。」

「そういえばそんなのもあったわね。」

「それで、ご主人が精神を病んじゃって、仕事も行けず、ろくに睡眠も取れなくて、相当苦しんでたそうよ。まぁ、奥さんと娘さんを同時に亡くせば、当然そうなるけどね。」

「辛いわよね、何もしていないのに、大切な日常を壊されたんだから。」

「わざわざ3人分の料理を作って、帰ってくるわけない2人の分もテーブルに置いてたそうよ。」

「しんどいでしょうね…結局、虚無感だけが残るのに、そこまでしないと本当に心が壊れちゃうんでしょう?」

「そうね、でも最終的に耐えられなくて、2人の元にいったのよね。」

「なんというか、精神崩壊の末に自殺って、報われないわね。」

「あの世では、3人仲良く幸せだといいけど。」


そう、これはただの死合わせな話。

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