紫煙が解ける 番外編

Δtlafika

山舘羽梟 vol.1 Blue moon

0-1 桜の下

 残酷なものほど、夢のような心地をまとっているものだ。巨木の根本で、乾き始めた鮮血と淡い桜色とが混ざり合うを見詰める刑事、山舘やまだて羽梟うきょうは春風に舞う桜吹雪にあおられながらアレキサンドライトのような瞳を紅唐べにとう色の正義に燃やしていた。


「うげ~。これぁ酷い」


 遅れて丘を登って来た相方、目星まなほし誠志せいじが山舘の視線の先を眺めて目と眉を顰め、署から支給されている不織布マスクの端をキュッと上げなおす。春霞の中、朝露の輝くよもぎと桜の心地良い香りに混ざるのは、このような職業では珍しくもない据えた鉄の臭いであった。

 十月とうげつ府の県庁所在地、萬津橋よろづばし町。県警のお膝元であるこの町に位置する長閑な公園は、体力作りに精を出す警察官が朝練に通りがかることもあり、日頃家族連れや学生で賑わう『安心』の象徴であった。しかし今朝方、一人の警官が日課のジョギングをしていたところ、公園のランドマークである桜の巨木の下へ遺体が転がされているのが発見せられ、民間人が人であることすら判別困難なそれを目にすることがないよう即座に封鎖されたという次第である。桜と同化するような、かろうじて人の形を保った肉塊。ここ数年で治安が悪化してしまった十月府では遺体を目にすることが少なくはないものの、嫌に幻想的な演出がなされたそれは中堅の警察ですら気分を悪くした挙げ句に離席してしまうほどの状態であった。

 一方、場数を踏んだ組織犯罪捜査官である二人は、凄惨な遺体をつぶさに観察しながら淡々と拾った情報を共有する。


「腐臭はしてないな。明け方から少し前に遺棄されたものだろうね」

「そりゃそうでしょーよ、まだ害者ガイシャの血も透き通ってら。まあ、遺体の状態と肌に流れる血の様子からして、今朝の小雨が降る前くらいじゃない? 水を含んで乾きが鈍ってんだ」

「うん、僕もそう思う。骨折箇所が複数、顔での個人の判別は不可……内臓の状態を見るに、健康状態は生前から芳しくなさそうだ」

「健康状態で言やぁ、この色具合は……」


 目星はサクサクと芝生を踏んで遺体に近付く。踏まれた芝生が弾く朝露に混じり気がないのを見るにきちんと血の流れている部分は避けているようだが、山舘は咄嗟に制止をかけた。


「あっ、誠志くん! 動かしちゃダメだよ」


 目星はその子どもに言い聞かせるような声音に「また出た」と言わんばかりの顔をしながら「ハイハイおにーちゃん」と返して被害者の直前にしゃがみ込んだ。遺体は骨や筋肉の発達具合から見て、まだ思春期の青少年であることが見受けられた。


「ったく、よくまぁこんなオッサンを子ども扱いできるもんだと思わん? お前さんのほうがよっぽどガキだってのになぁ? 可哀想に……」


と、目星は遺体の桜の花びらで覆われた顔に向けて話しかける。目星が踏んだ後を追って近付いた山舘が、腕を組んで困り顔を浮かべた。


「また同い年なのに年寄りじみたこと言って……」


 すると目星は振り返り、ビシリと指をさした。


「そ〜です同い年! 分かってんじゃねぇか」

「う、すまない」


 素直に謝る山舘にやれやれと肩を竦める。目星は改めて遺体に向き直り、胸元のポケットから現場検証用のルーペを取り出して眺め始めた。


「い~……皮膚ズタボロだけど、やっぱこの穴、注射痕だぜ。ヤク中ぽ~い。また新種かな……」


 それを受けて山舘は「やはり多くなってるね」と呟いた。

 十月府が急激に治安を悪くした理由は、地衣類のように蔓延はびこる薬物にあった。先の大戦時代に軍事都市として機能してきた歴史を持つこの地域では元々『ポン中』と呼ばれる薬物中毒者が多く存在していた。しかし、1951年に施行された覚醒剤取締法を受けた歴代府知事による薬物中毒者への手厚いサポートにより、他の県ではシンナー遊びが流行る中でも一定の中毒者数を維持するように抑圧されていたのだ。ところが昨年、1999年に津路府知事が亡くなった後、水を得た魚のように中毒者の数が急増したのである。それはポン中の下地があったとはいえ、異常な数だった。

 山舘は近くの鑑識官に声を掛ける。


「キミ、簡易検査キットは持っているかな? 調べてみてくれないだろうか?」

「ああ、さっきからやってるんだけどね、どの種類もイマイチ反応が悪いんですよ。これは新種かなぁと。あれの検査薬はまだありませんから、科捜研行きですね」

「なるほど……ありがとう」


 数ある薬物の中でも、先程から話に出ている『新種』は最近発見されたばかりの新たな薬物だ。成分の全体的な解析が終了しておらず、何が中毒性を持っているのか分からない。当然まだ法にも記載されていないため、巷では接種しても法に触れないドラッグ……脱法ドラッグとして静かに取り引きがされている。被害者数は圧倒的に青少年が多い。今回の子も、おそらくはそのような被害者の一人なのであろう。取り扱い側の可能性も視野に入れなければならない。

 山舘は捜査手帳に情報を書き込むと、目星の肩を叩いた。


「こんな事件、二度と起こしちゃダメだ! 誠志くん、早速捜査に行こう!」

「どこに?」


 目星は遺体から目を離さずに返す。その声は冷静なようにも、冷ややかなようにも受け取れた。


「遺体はここにあんだぜ? 手掛かりだってまだ残ってるかも知れんだろ。聞き込みに行きたいなら一人でどーぞ。俺ぁここに残って調査してるからよ」

「そ……っか。うん。誠志くんの観察眼はすごいから……分かった、じゃあここはよろしく頼む! 僕のほうでも何か分かったら連絡するよ!」

「へーへー。じゃあな、羽梟」


 山舘は、一度も視線を向けないままひらひらと手を振る目星に口を開きかけ、グッと口角を上げて「無線機は忘れないでくれよ!」とだけ言って踵を返すのであった。

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