変化

@sora_skyblue

「あめあめふれふれかあさんが、じゃのめでおむかえうれしいな」

ごきげんにうたいながら、ながぐつで水たまりの上をぴょんぴょんしたんだ。

とってもたのしかったよ。

あめはだいすき、水たまりで遊べるし、あめのあとは虹がきれいだから。

かさをさして下をむいてあるくあのお兄さんは、あめがきらいみたい。だって、とってもかなしそうなかおをしてるから。

あのお兄さんも、かっぱをきて水たまりの上をぴょんぴょんしたら、げんきになるのかな。


小さくため息をつき、よどんだ灰色に染まる空から降る雨を見上げる。雫が地面を叩く音を聞くたびに憂鬱な気持ちになる。

雨なんか嫌いだ。ろくに遊べないし、水溜りで靴も靴下も濡れるし、低気圧で頭は痛くなるし、いろいろしんどい。

そんな気持ちを抱えながら傘を差して帰ろうと一歩を踏み出しかけた時

「あ…」

隣の方から声がする。そちらの方を見れば、空を見上げる僕の好きな人がいた。

どうやら、天気予報を見ていなかったらしく、傘を持ってこなかったんだとか。確かに午後に雨が降ると予報があったものの、今朝は快晴だった。無理もないと思う。

「えぇと、よかったら僕の傘、入る?」

「あ、うん、ありがとう…」

ぎこちない会話の後に、彼女が僕の右隣に来る。少しでも濡れないように、僕は傘を彼女の方に傾けた。

肩が触れそうで触れない距離を、隣り合わせで歩く。どんなに近づこうとも、所詮は一人用の傘。お互いのセーラー服と学ランの袖が濡れる。

だけどそんなこと気にならないくらい、先ほどの憂鬱も晴れるくらい、僕の心は嬉しさで満ちていた。

彼女の家が近づいた時、だんだんと傘を打つ水の音が小さくなり、太陽が顔を出してきた。傘を閉じ、少し上を見上げると、夕焼けの空に、七色の橋がかかる。

「…綺麗だね。」

「えっ?!あ…うん、綺麗だね。」

一瞬肩を震わせて、驚いた顔でこちらを見つめる彼女。しかし何かに落胆したような声色で、綺麗だねと返してくる。

彼女の家につき、玄関の前でこちらに振り返り、ありがとうという彼女の顔は、夕日のせいか、赤い気がした。

そこからすぐ近くの自分の家に帰る途中、楽しそうに水たまりの上を跳ねる小学生が横目に映る。あんなふうに純粋に雨を楽しむことはできなくなったが、小さな幸せを見出すことはできたかもしれない。


雨が傘を、地面を叩く。頭から鉛を被ったような気分だ。どこまでも気分は沈んいくし、今日は職場で怒られたのもあって、せっかくの定時上がりだっていうのに、項垂れて、重い足取りで歩き、ため息ばかりが溢れる。

上を見る元気もなく俯いているというのに、足元もまともに気をつけないから、水溜りに足がはまり、ズボンの裾まで濡れてしまった。それでさらに気分は落ち込むし、本当に雨なんてクソ喰らえだ。

成長するにつれて、雨が嫌いになった。幼い頃はレインコートを着て長靴で水溜りの上を飛び跳ねて楽しんだが、中学生あたりから低気圧で体調を崩しやすくなり、雨を強く嫌うようになった。それでも好きなこと相合傘ができて、小さな幸せを感じられた。今はどうだろう。好きなところなんて、幸せなんて一つとして見当たらない。ここにあるのは、ただの嫌悪感のみだ。

「変わってしまったな…」

ふと、相合傘をしている高校生の二人が目に入る。付き合いたてか、両思いか。

そういえば、高校時代に相合傘をした近所の家の女の子、結局告白もせずにお互い別々の大学に行ったっけな。

「最後ぐらい、勇気を出せばよかったかもな。」

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