【カクヨムコン10】ヒロインがあまりに報われないから、噛ませイヌ君が全力で頑張るだけの話。わんわん。

尾岡れき@猫部

(事前)


 なんできちゃったんだろう。


(バカだな、私……)


 そう心の中で呟いた声も。踏みしめる砂浜の音も。寄せては引いてを繰り返す、穏やかな波の音も。周囲の喧騒も。どれもこれも、ジクジク杭を打ち込むように、私の胸を穿つ。


 車なら40分。電車+バスからの徒歩で、一時間強。決して気軽に来れる距離感じゃない。でも、私には特別な場所だった。


 ――幼い時には、家族ぐるみで。

 ――高校に入ってからはアイツと。

 ――大学に入って一年目もアイツと。それなのに、どうしてだろう、言葉数が少なくて。あぁ、焦って言葉を紡ごうとすれば、するほど。口のなかで、じゃりじゃりと砂を噛むようだった。


 幼馴染って、何でも理解ができる?

 言葉にしなくても、通じるの?


 ――分かるだろ?

 アイツはそう言うけれど。


 ごめん、分からない。

 圭汰が何を言いたいのか、全然分からない。


 ――お前って、本当に俺のこと、よく理解してくれるよな。

 何が?


 ――ぺちゃくちゃ喋るの、嫌いなことを、さ。

 そうなの?


 ショックだった。

 だって、私……圭汰にいつも、たくさん言いたいことあったから。

 だから、口を噤めば。


 ――不満があるのなら、はっきり言えよ。

 そう言う。


 分からない、分からない。全然、分からないよ。


 ――お前って、そんなヤツだっけ?

 あの日、すっかり冷めた眼差しで、私を見る圭汰。


 ――なんだか、すっかり変わったよな、お前ってさ。


 いつからだろう。いつから?


 圭汰アイツが私のことを、名前で呼ばなくなったのは? ちゃんと目を見て話さなくなったのは? 一緒にいて鬱陶しそうにしていたのは? 私より、他の子と楽しそうにしているの、どうして?


 ――俺達、一回……距離を置いた方が良いんじゃないか。幼馴染にいったん戻ろうぜ?


 夏休みの入る前、圭汰から言われた一言に――私は、ただ頷くしかなくて――。











「ねぇ。彼女? 暇? 一人なら俺と一緒にどう?」

「……は?」


 私は目を瞬かせる。

 茶髪で、薄いサングラスをかけた軽薄な男子に――私が、声をかけられたのだと、ようやく気付く。


(……私がナンパされたの?)


 まるで圭汰とは対照的な容姿。

 サングラス越しのその目は、警戒心のない子犬を彷彿させる。


 ふーっと、私は息を吐く。

 なんでも良い、か。


 そういえば、って思う。


 海水浴場を少し歩いたら、ラブホ街だったよね。小学生の時の圭汰って、あのキラキラのネオンが大好きで。あの場所の意味を理解していた私は、いつもあの通りを車で通る度に、真っ赤になる頬を悟られたくなくて、ずっと俯いていたんだ。


 ――良いかもね。

 純粋ウブな少女でもない。ナンパ男なんて、どうせ体目当てだって思うから、その思惑に乗って良いと思った。流されたい。どうせなら、とことん流されたい。濁流に飲まれて、感情の津波に攫われてしまいたい。


 なんで来た、って自分で再三、思うけれど。やっぱり周囲の喧噪も、波の音も耳につく。幻聴が聞こえるくらい、やっぱり自分は今も囚われていて――。




「……だから、意地を張ってないで、ちゃんと仲直りしなさいって」

「……俺、悪くねぇし……」


「いーや。今までのあんた達を見ていたら、ほぼ99.99999%、圭が悪いね。幼馴染に戻るって……わたしから言わせたら、戻るもなにも、あんた達は幼馴染じゃん。それ、はっきり言わないだけで、別れの宣告だからね」


「な……いや、俺たちは別れてなんか……ただ、距離を――」

「百歩譲って、そうだとして。圭は、自分から『おはよう』って言いにいった?」


「は、なんで俺が――」


「そういうところだって。どうして、あの子に起こしてもらったり、お弁当を作ってもらうのは当たり前で。自分から、挨拶の一つもできないかな? お姉ちゃんは、本当に悲しいよ」

「そんなこと言わなくたって、俺達は通じ合って……」


「通じ合っていたら、あの子がそんな顔するかっての」





 幻聴は、群衆の波に攫われて消えていく。

 私が、ナンパ君の手を引いて、あえて人の波へと飛び込んだから。


「え? ちょっと、おい? そっちって――」

「ん? そういうことがしたいんでしょ?」


「いや、それは違わないけど、違って……そういうつもりで、声をかけたワケじゃなくて――」

「あぁ、冷やかし?」


 いわゆる罰ゲームでナンパというヤツだろうか。


 それなら、お友達にナンパが成功したのを見せて、このゲームは終了といったところか。それなら、それでも良いと思ってしまう。


「罰ゲームなら、そう言ってくれたら良いのに」


 呆れて、彼を見やる。言い当てられて図星だったのか、これでもかというくらい、顔を真っ赤にして。


「冷やかしでも、罰ゲームでもないって!」

「だったら、何なの?」


 煮え切らないナンパ師だって思う。圭汰との思い出を少しでも、攫ってくれたらそれで良いのに。


 と、ぐいっと。

 私の手を引かれる。


 どうしてだろう、サングラスの奥の瞳が、私をまるで気遣っているかのように見えるのは。


「……ど、どうなっても知らないからな!」

「どうにかしたいから、ナンパしたんでしょ?」

「そ……そうだけど! そうだけどさ! お前、自分を安売りすんなよ!」


 ナンパ師に気遣われると思わなかった。思わず、苦笑が漏れる。


「別に良いけど。君がヘタレるんなら、他の人に安売りするから――」


 圭汰なら。

 ――私が、他の人を好きになったらどうするの?


 そう言葉を投げかけても。


 ――そんなの、お前の自由じゃん。俺がどうこう、できるモノでもないでしょ。

 あぁ、そうだね。そう言っていたもんね。


「ダメだ」


 ぐいっと、引き寄せられた。


「あんたは、俺が掴まえたんだ」


 変なナンパ師だって思う。こういう人達って、自分の目的にそぐわなければ、次の女の子を探しにいくだけで。それなのにコイツ、妙に執着するって思う。


 逆に、圭汰はそんな目で私を見たことなかったから。

 やけに新鮮に感じてしまう。





■■■






 波の音に耳を傾けながら、思う。

 過ぎ去る人達の声を、自然とシャットダウンして。

 波が寄せて、引くその音。

 その回数を、無意識に数えて。




 行為の最中さなかの、私の癖。

 だって、痛いだけだから。

 早く終わって――と思うことばかりで。





 でも、今は。

 



 むしろ、そんな痛みを求めていた。

 圭汰との想い出を、そんな痛みで壊して欲しい。


 ただ、ただ。

 私はそれだけを願った。

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