第11話 勇者パーティーに勧誘されて困ってます(その4)

「さあ勇者ユヅキ、あたしと決闘だ!」


 脳筋な剣聖リッカは、自分の前に現れた勇者と決闘をしたくてうずうずしている。


「むっ…むむむ…無理ですっ! 今の私なんかが剣聖さんと決闘だなんて」

「いや、無理かどうかはやってみなくちゃわからない。だからやろう!」


 まだレベル2のユヅキは当然それを断ったが、脳筋であるリッカには話が通じない。


「あわわわわっ、アリアさん、この人どうしたらあきらめて…」

「問題ありませんわ」

「おっ、もしかしてアリアもやっと決闘する気になった? あたしは二人まとめてでも構わないよ」


 だがもちろん、アリアはリッカと決闘などする気はない。

 そこでアリアは、あることをリッカに告げた。


「リッカさん、そんなにも決闘をなさりたいのでしたら、そこにちょうどいい方がいらっしゃいますわよ」


 そう言いながらアリアが視線を向けた先にいたのは、もう一人の勇者であるジョー。


「こちらのジョーさんも勇者で、しかもユヅキさんより強いそうですわよ」

「ほんと! じゃあ、そこのジョーって人、あたしと決闘だ!」


 ユヅキよりも強い勇者と聞かされたことで、リッカの決闘の矛先が、ユヅキからジョーへと移り変わった。


「おい、何だこの頭いかれてる女。何でいきなりオレ様に剣を向けてやがる」

「その方が剣聖のリッカさん。あなたの決闘のお相手ですわ」

「はぁ?」

「わたくしが出した条件は、あなたが決闘に勝てば何でもあなたの言うことを聞く。あなたが負ければ、あなたは二度とわたくしの前に姿を現さない。決闘の相手がわたくしだとは一言も言っていませんわ」


 そう、これがアリアの狙いである。

 ユヅキがリッカから逃げてここにやって来たということは、当然リッカも勇者という決闘相手を追ってここにやってくる。

 ならばその決闘好きな剣聖を、厄介なイキり勇者にぶつけてやればいい…ということ。


「まあいい。誰が相手だろうと、最強の勇者であるこのオレ様の敵じゃねえ。おい、そこのばか女!」

「……あたし? あたしはばか女じゃないけど」


 脳筋である。


「オレ様が勝負に勝ったときは、てめえもオレ様の言いなりだ。たとえ頭が少々あれだろうが、その体はいくらか使い道がありそうだしな」


 ジョーの視線は明らかにリッカの胸元に向けられている。

 そしてそんなジョーの姿を目の当たりにしたスレンダーな少女二人は、ジョーのことをより一層軽蔑したそうな。


 一方でジョーから卑猥な視線を向けられていたリッカはというと、そんなこと一切気にする様子もなく、とにかく一刻も早く決闘を始めたい…といった感じである。


「何でもいいから、さっさと決闘始めよう。最強の勇者の力、このあたしに見せてくれ」

「いいだろう。お望みとあらば、存分に味わわせてやろうじゃないか。すでにレベル5な、このオレ様の力を!」


 ジョーは剣を構えてリッカに向かっていく。

 そして全身全霊の力を込めて、構えた剣をリッカに振り下ろした……が…


「なっ! 何だ?てめえっ!」

「何だと言われても……」


 ジョーの振り下ろした剣は、リッカの大剣に軽々と受け止められてしまっている。


「あのさー、これでも一応剣聖なんだから、手加減とか必要ないんだけど」

「ふふっ、よくわかったな。このオレ様が手を抜いていたということを…」


 最初からジョーは全力である。


「これがゴブリンを一刀両断した、オレ様の真の力だーっ! はあぁぁぁぁぁっ!」


 だがいくら大声で叫んだところで、元から全力なため、これ以上何かが変わることはない。

 そして、大声で叫びながら剣に力を込めているのに、ピクリとも自分を動かすことのできないジョーを見て、さすがにリッカも気づいてしまった。

 この勇者、全然大したことない…と。


「はぁぁ……」

「お…おい、何だその残念なものを見るような目は…。お…オレ様は、最強の勇者だ…」

「もういいや。えいっ!」


 リッカはジョーの剣を受け止めていた大剣に軽く力を込めた。

 すると…


「うわぁぁぁぁぁっ!」


 レベル5勇者の強さは新米冒険者に毛が生えた程度。

 それに対する剣聖リッカの強さはというと、勇者のレベル換算でおよそ80程度。


 いずれ魔王を超える危険な存在になる可能性があろうとも、今は所詮ただのレベル5勇者でしかないジョーが剣聖であるリッカにかなうはずもなく、ジョーははるかかなたまで吹っ飛んでいったのである。


 その結果、ジョーは全身複雑骨折で当面身動きが取れなくなり、この世界の危機はひとまず遠ざけられた…わけなのだが、ユヅキにとっての危機はまだ去ってはいなかったようだ。


「あーあ、最強の勇者って言うから期待したのに、まさかあんなに弱かったとは…。ユヅキはあんなに弱くないよね?」

「い…いえ、私はまだレベル2なので、ジョーさんより全然弱い…」

「レベルって何?」

「そ…それは……」


 ユヅキは勇者の能力のことをリッカに説明した。

 その結果……


「うーん、難しいことはよくわかんないけど、とにかく魔物をいっぱい倒せば勇者は強くなるってこと?」

「まあ…」

「じゃあその辺でスライムとかいっぱい集めてくれば、ユヅキをめちゃくちゃ強い勇者に出来るってこと?」

「それは無理です。格下すぎる魔物を倒してもレベルは上がらないそうなので、スライムでレベル上げ出来るのは最初の内だけ…」

「じゃあ、強い魔物と戦わせればいいってことか」


 これが、ユヅキにとっての災難の始まりであった。


「あたしいい場所知ってるんだ。ここからわりと近いところにある山なんだけど、なかなか強めな魔物がうようよいて、修行をするにはもってこいってとこ」

「あ…あのー…」

「それじゃあ、さっそく行こうじゃなないか。真に最強な勇者となって、このあたしと決闘をするために!」


 勇者の力とは、魔王の脅威から人々の平和を守るためのもの……なはずなのだが、リッカにとってそれは、ただ自分の決闘相手にふさわしい者を生み出すための力でしかないようである。


「しゅっぱーつ!」

「わわわわわっ…わぁぁぁっ! は…放して、リッカさ…わあぁぁぁぁぁっ!」


 ユヅキはリッカの手によって連れ去られてしまった。

 おそらく行先は、少し前にリッカが修行のためにこもっていた山。

 これからユヅキには、その山での壮絶な運命が待ち構えていることだろう。

 だが、そんなユヅキの背中を見送ったアリアには、ただ無事を祈ることしかできない。


「ユヅキさん、どうか…ご無事で……」


 なぜならアリアは、勇者でも剣聖でもない、ただの一般人なのだから。

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